少しだけ註釈:「事象」と「命題」


上記の訳読に少しだけ註釈を付け足しておきます.

認識/根源でパラフレーズがちがう,という話


Depraetere and Reed の解説で言及されているように,根源様相(事象様相)と認識様相ではパラフレーズのされ方が異なります:

  • 根源的可能性:it is possible for p
  • 認識的可能性:it is possible that p


ここで p とあるのは「命題」のことですが,根源と認識とで統語的・意味的に異なる存在である点に注意が必要です.

 こうしたパラフレーズのちがいを昔から述べている*1ジェフリー・リーチの記述を参照してみましょう:

一般に(ただし下記の註 a を参照のこと),may は「事実的可能性」を表し,can は「理論的可能性」を表す.ちがいは下記のような意味の等しい言明をならべてみるとはっきりする:
In general (but see Note a below), may represents 'factual possibility', and can represents 'theoretical possibility'. The difference is clarified by these sets of equivalent statement:

(A) 事実的 (FACTUAL):
The road may be blocked (道路は封鎖されているかもしれない)
= 'It is possible that the road is blocked'
= 'Perhaps the road is blocked'
= 'The road might be blocked'.

(B) 理論的 (THEORETICAL):
The road can be blocked (道路は封鎖されうる)
= 'It is possible for the road to be blocked'
= 'It is possible to block the road'.

(Leech 2004: 82)


この引用でわかるように,It is possible に続くものは「事実的」=認識様相では時制のある that the road is blocked となっているのに対し,「理論的」=根源様相では不定詞構文 for the road to be blocked となっています.(この点は前にも少し述べたことがあります


それぞれ法助動詞とその作用域として書き換えるなら

  • may(the road is blocked)
  • can(for the road to be blocked)


というようになりますね.

 認識様相の命題内容は定形,根源様相の命題内容は不定形であるという一般化を,澤田 (1990, 1993, 2006) は次のようにまとめています:

  • 「定形性条件」(Finiteness Condition; FC):命題内容 P は定形 (finite)*2でなければならない.(澤田 1993: 174; 2006: 244)*3
  • 「非定形性条件」(Non-Finiteness Condition; NFC):命題内容 P は非定形 (non-finite) でなければならない.(澤田 1993: 174)

統語的構成素と意味的要素の対応関係


Depraetere and Reed の解説や澤田のいう「命題」「命題内容」は,実のところ意味的な単位であると同時に統語的な構成素を指して用いられています.つまり,定形節・非定形節(動詞句)は統語的な構成素である一方,「命題」は意味的・概念的な構成素であることから,「命題内容が定形/不定形」という言い方は統語論-意味論の対応関係を省略したものと解釈しておくのが穏当でしょう.

 統語的構成素と意味上の要素との対応を考えて,定形節は「命題」に,不定詞構文(動詞句)は「事象」に相当するという分析は,たとえば中村 (2003) でなされています:

いま,CSR(Proposition) = CP の場合に議論を限定しよう.これまでの説明では,命題が時制節として具現化される(3a)と,不定詞節として具現される(3b)の差違を捉えることができない.そこで,ここでは命題を真偽値が決定できるものと定義する (Menzel (1975, p. 41)).

(4) 命題 (Proposition) は真か偽である.


命題の真偽値が決定できるためには,そこに含まれる要素の外延が決定可能でなければならない.文の場合,特に重要であるのは時制である.命題の真偽値を決定するためには,その命題に含まれる時制の外延が決定されることが必要である.したがって, (4)の定義を満たす命題は時制を含まなければならない.命題をこのように狭く定義するとCSR(Proposition) = CP_tns (時制節)でなければならないことになる.時制節だけが真偽値を決定できることは,次のような事実から明らかである.

(5)
a. That John ate the meat was true/false.
b. *For John to eat the meat was true/false.


(6)
a. John thinks [that Jane is sick], which is true/false.
b. *John doesn't want [me to leave], which is true/false.


(5b)の主語は不定詞節であるので時制がなく,この節は真偽値を決定することができない.したがって,不定詞節は述語 true/false の主語となることができない.同様に, (6b)でも関係代名詞は角括弧で括った不定詞節を先行詞とすることはできない.


(5)-(6) で示されている時制節(定形節)と動詞句(非定形節)の対比が,リーチらが法助動詞のパラフレーズで言わんとしていた対比と重なっていることは,すぐに見てとれるでしょう.時制節=定形節と「命題」の対応関係を仮定する足がかりがここで提示されています.

 他方,意味論的な「事象」は動詞句 (VP) の統語的構成素として具現されると中村は仮定します:

行為 (Action) と状態 (State) を総称して事象 (Event) と呼ぶことにし,まず, Action について述べる. Action は行為を表す動詞(述語)を中心語とする意味要素であって,VP によって具現化されると仮定する.すなわち,CSR(Action) = VP である.また, State は状態述語を中心語とする意味要素であって, CSR(State) = VPであると仮定する.したがって,一般に CSR(Event) = VP が成り立つ.ここで,VP内主語仮説 (VP-internal Subject Hypothesis) を採用すると,VP は文に対応する意味内容を持つことになる.例えば,動作を表す動詞 hit は [VP John hit Mary] の構造で具現化する.この考え方に従うと,ある意味要素が文相当の内容を持つ場合,真偽値が決定可能である場合には CP_tns として具現化し,それ以外の場合には VP として具現化することになる.

(7)
a. I persuaded John to be a good boy/*a fink.
b. I persuaded John that Harry was a good boy/a fink.


persuade の意味構造は,概略,次のように示される.

(8)
a. [x CAUSE [y to BELIEVE (TRUE(Proposition))] by means of verbal argument]
b. [x CAUSE [y to INTEND (MOD(Action))] by means of verbal argument]


 Action や State の区別は, persuade が不定詞節を選択する場合,補文に生ずる動詞に見られる制限を捉えるためにどのみち必要である.すなわち, (7a)に示すように,不定詞補文では述語は非状態述語に限られ,状態述語の生起は許されない.これに対して,(7b)に示すように,時制節ではそのような制限はない.


x と y はそれぞれ主語と目的語に対応する項であり,大文字で示されているのは意味要素である.(ここで,CAUSE = CAUSE_〈proto〉である.) by句は意味上の修飾要素である. (8a)の意味要素 BELIEVE は認識様態を示す意味要素であるので Proposition を意味選択する.したがって, (4) により CSR(Proposition) = CP_tns となり,この意味構造を持つ persuade は補文として時制文をとる. (3a), (7b) がその例である.一方,(8b)の意味要素 INTEND は意味要素としてActionを選択し,意味上の制限から State を選択することはできない.したがって, CSR(Action) = VP により,その補部は非状態動詞を中心語とする VP によって具現化される.(VPは,時制を含まないので,不定詞として具現すると仮定する.TRUE と MOD については6.4節を参照.)また,y に生ずる名詞が人間名詞に限られるのは,y が意味上 BELIEVE, INTEND の主語だからである.なお,x も通例人間名詞に限られるが,この制限は by句で示される修飾語による意味上の制限が加えられるためである.このように, CSR により, persuade が (8a) の意味構造を持つ場合には,補文は時制文 CP_tnsとして具現化するのに対して,(8b) の意味構造を持つ場合には,補文は不定詞として具現化することが説明できる.


(中村 2003: 189-190)


こうした議論をどう評価するかはさておき,動詞補文では明らかに異なる統語的構成素が生起しますので,意味的単位と統語的単位の対応について系統的に論じる余地が生じます.ところが,法助動詞の場合,意味のちがいに関係なくその統語的補部は不定動詞句であって,定形・非定形のちがいはあくまでパラフレーズにおいて観察されるにすぎません.命題と事象の相違があるとしても,それは統語的にはストレートに定形・非定形に対応づけられないわけです.

References

  • Leech, Geoffrey. 2004. Meaning and the English Verb (3rd edition). London: Longman.
  • 澤田治美 1990. 認識的法助動詞の命題内容条件,『文法と意味の間――国廣哲弥教授還暦退官記念論文集』,pp.205-217, 東京:くろしお出版
  • 澤田治美 1993. 『視点と主観性』.東京:ひつじ書房
  • 澤田治美 2006. 『モダリティ』.東京:開拓社.
  • 中村捷 2003. 『意味論――動的意味論』.東京:開拓社.

*1:Meaning and the English Verb の第1版の訳書から,該当箇所を抜粋してみました

*2:「finite とは,テンスをマークされているという意味である」(澤田 1990: 207)

*3:ただし澤田 2006 では「定性条件」に名称が変わっている.