intenSional な例文:知らないことを望んでいる?
ところで,さきほどクルーグマンのブログから引いた箇所は,ちょっと面白いものになっています:
The WSJ may not realize it, but it wants us to be France in the 1930s.
(WSJ は分かってないのかもしれないけど,ぼくらを30年代のフランスにさせたがってるんだ.)
ここで面白いのは,願望・欲求の述語である want がつくる内包的文脈のパズルです.
たとえば,こんな例を考えてみましょう.クイズ大会に優勝した田中さんが,賞品として中身のわからない赤・白・青のボックスから1つを選べると言われ,青のボックスを選んだとします.田中さんはそうとは知らないものの,青のボックスにはエロゲー1年分が入っているものとしましょう.
このとき,
(a) 田中さんは青のボックスの賞品をもらうことを望んでいる
という言明は事実を正しく述べていますが,だからといって,ここから
(b) 田中さんはエロゲー1年分をもらうことを望んでいる
ということは言えません.田中さんは「青のボックスの賞品」=「エロゲー1年分」であることを知らないのですから,(b) の言明は田中さんの欲求・願望を正しく記述するものにならないからです.
ここであらためてクルーグマンの例をみましょう:
The WSJ may not realize it, but it wants us to be France in the 1930s.
(WSJ は分かってないのかもしれないけど,ぼくらを30年代のフランスにさせたがってるんだ.)
この発話は,背後に次のような推論が読み取られてはじめて理解できます:
WSJ はドルの価値の維持を主張している;
ドルの価値を維持することは,30年代のフランスのように景気回復を遅らせてしまうことにひとしい;
したがって,WSJは(意図せずして)フランスのように景気回復を遅らせてしまうことを主張している.
しかし,want の補部 "us to be France in the 1930s" は,WSJ が自分の提言の帰結であることを認識していないであろう事態です.
ここには,一種の表現の圧縮 (compression) がおこなわれているようです.
つまり,
- A wants (situation X).
- X implies Y
であるとき,
"A wants Y"
という表現がなされているわけですね.
ここでは,A の欲求の対象となっている状況 X のかわりに,その X が含意する状況 Y が want の補部に明示されるという圧縮がなされています.そして,聞き手/読み手はこの圧縮した関係を展開し直して発話を理解しているように思うのです.
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