クリップ:ピンカー & ジャッケンドフ「言語機能:どのへんが特別なのか?」
Steven Pinker and Ray Jackendoff (2005) "The faculty of language: what’s special about it?" Cognition 95, pp.201–236. (PDF)
当時 Linguist List などでもこれや関連論文が話題にされていたように記憶してますが,さっぱりフォローしてないものであらためて読んでみたり.
アブストラクト
Hauser, Chomsky, and Fitch の示唆によれば,言語がもつさまざまな側面のうち,人間固有かつ言語固有なものは統語的再帰性であり,それ以外の側面は人間固有であっても言語固有でないか(e.g. 単語や概念),人間に限定されない(e.g. 音声知覚)という.本稿はこの新たな示唆の観点から,言語の諸相で人間固有かつ言語固有なものはどこなのかという問題を検討する.我々の見解では,この仮説は問題含みである.音韻・形態・格・一致や単語のさまざまな特性など,文法には再帰的でない側面が多くあるが,彼らの仮説はこれを無視している.また,人間の声道の解剖学的な構造や神経的コントロールの事実と整合しない.さらに,さまざまな実験結果からも,その主張は弱められる.そうした実験によれば,音声知覚は霊長類の聴覚に限定されないこと,単語学習は事実の学習に還元されえないこと,発語と言語に関わる少なくとも一つの遺伝子の進化が人間の進化の系統において進化論的に選択されたがこれは再帰性に限定されないこと,こうしたことが示唆される.再帰性一本やりの主張は,近年 Chomsky が統語論に対してとっているアプローチに動機づけられていると本稿は示唆する.そのアプローチ「ミニマリスト・プログラム」は,まさにこうした言語の諸相を軽視する.しかし,このアプローチは非常に問題含みであり,進化に関する種々の主張を支持するのに使うことはできない.また,これに関連して,言語は適応ではないという主張もなされている.すなわち,言語は「完全」であり,冗長性がなく,断片的なかたちでは使用不可能で,コミュニケーションにとってはひどい設計となっているというのがその主張である.本稿はこれに異議を唱える.言語派コミュニケーションのための複合的な適応であり,漸進的に進化したという仮説では,こうした問題点はすべて回避される.