一種の因果関係を表す mean の語義


ちょっとした誤訳を例に,たまには語学的なことを書いてみます.

誤訳の例


CNET の記事から:

しかし、エンジニア中心のGoogleの社風、そして、自社ソフトを多様なシステムでテストする必要性は、通常、少なくとも一部のGoogle社員が同環境を好んでいたことを示す
グーグル、Windowsシステムの社内利用を中止--Financial Times報道,CNET, 2010年6月2日)


一読してみて,なんとなくおかしな感じがしますね.

太字で強調した箇所に注意しつつ,原文と照らし合わせてみます:

(...) but Google's engineering-driven culture and need to test its software on a variety of systems usually meant that at least some portion of its employees preferred the Windows environment.
("Report: Google moving away from Windows," CNET, May 31, 2010)


この文は,「A meant that B」というかたちになっています.日本語記事では,これを「A は B を示す」と訳しています.

そもそも時制がちがっているのは脇に置いても,ここで「A が B を示す」(A から B であることがわかる)という意味にとるとおかしく,正確には「A が B をもたらした」ととらねばなりません.たとえば,次のように訳すことができます:

しかし,エンジニアリング志向のGoogleの社風,そして,自社ソフトを多様なシステムでテストする必要性から,通常,少なくとも一部のGoogle社員は同環境を好んで使っていた.

mean の語義


この場合の語義は,辞書では次のように解説されています:

もたらす, 生じさせる, (結果)…ということになる.

  • This means the ruin of me. =This means that I am ruined. これで私の運命が尽きたということになる.
  • ・That means getting up early. それでは早起きすることになる.

(研究社新英和大辞典第6版)

If one thing means another, the first thing leads to the second thing happening.

  • It would almost certainly mean the end of NATO...
  • The change will mean that the country no longer has full diplomatic relations with other states.

(Collins COBUILD)


こうした語義は,A means B で「A により,B が生じる」という関係を表すわけです.

CNET日本語版の記事では,これを次の語義にとっているようです:

If one thing means another, it shows that the second thing exists or is true.
(あることが別のことを mean するとき,前者は後者が存在することまたは真であることを示す.)

  • An enlarged prostate does not necessarily mean cancer...
  • Just because he has a beard doesn't necessarily mean he's a hippy.

(Collins COBUILD)

英文解釈


以下,こまごまと説明します.

主語は X and Y で,次の2つがならんでいます:

  • Google's engineering-driven culture
    • エンジニア中心のGoogleの社風
  • need to test its software on a variety of systems
    • 自社ソフトを多様なシステムでテストする必要性

他方,mean されるのはこういう事態です:

  • at least some portion of its employees preferred the Windows environment
    • 少なくとも一部のGoogle社員が同環境を好んでいた


社風や必要性を知ればこのことが「わかる」という関係は理屈に合いません.

そうではなく,社風や必要性があるゆえに,このことが「生じる」という因果関係にとる方が,適切でしょう.

推論の方向と因果関係の方向


mean に「示す」と「生じさせる」という2つの語義が含まれることは,なかなか興味をそそります.

たとえば,(A)火事がおきて,それから (B)煙がもうもうとたつ,というケースを考えてみましょう.

このとき,

Smoke means a fire.
(煙が 火事を mean する)

という言い方をすれば,「煙をみて火事が起きていることがわかる」という推論の語義がとられるでしょう.つまり,結果をみてその原因がわかるわけです.

他方で,

A fire means smoke.
(火事が 煙を mean する)

という言い方をすると,2とおりの読み方ができます:

  • (a)「火事がおきて,それによって煙が生じる」(因果関係)
  • (b)「火事がおきて,それをみることで煙が生じるのがわかる」(推論)

という2つの読み方です.

しかし,この2つの読み方はまったく関連がないわけではありません:推論 (b) は,因果関係 (a) の知識にもとづいています.つまり――

  • A が生じた.
  • A からは B がもたらされる.
  • B がもたらされる.


――というわけですね.

ただし,因果関係の語義から推論の語義が派生したかというと,そうでもなさそうです.古英語の mænan は「伝えることを意図する」(intend to convey) だったそうです(Oxford Dictionary of Word History).