感謝の時制:「ありがとうございます」vs「ありがとうございました」

日本語母語話者にとっては自明になっていることですが,「ありがとうございます/ました」のテンスは文脈に応じてちゃんと使い分けがありますね.たとえば,次の3つの文脈でそれぞれの容認度を比べてみるとどうでしょうか:

【文脈1】誕生日プレゼントを受け取った話し手がその場で感謝するとき:
a. ありがとうございます.
b. #ありがとうございました.

【文脈2】車で駅まで送ってくれるという相手の申し出を受けるとき:
a. ありがとうございます.
b. #ありがとうございました.

【文脈3】車で駅まで送ってもらったときに:
a. #ありがとうございます.
b. ありがとうございました.


感謝の対象となっている事柄が (A)「いまなされたばかり」か (B)「これからなされようとしている」のどちらかであれば過去時制の「-ました」は不適切で現在時制の「-ます」が適切となるのに対し,その事柄が (C)「すでになされてしまった」場合には「-ます」は不適切で「-ました」が適切となるように思えます.

 こうした観察からは,いくつか面白い論点が思い浮かびます.

 ひとつめ.「感謝の気持ち」そのものは時制の作用域に入らない:現在/過去どちらの時制であっても,話し手が表出している感謝の気持ちは発話の時点のもので,時制の影響を受けない.

 ふたつめ.意味表示には「感謝の対象となることがら」が含まれているハズだけれど,それを明示する言語的な要素はない.言い換えれば,その事柄は implicitな要素となっている.

 みっつめ.時制要素は「ござい-」と組み合わさっている.「ありがとう」それじたいには時制要素はつかない.(もちろん,「ござい-」が合図する丁寧さは時制の影響を受けない.)

 よっつめ.そういえば「おはようございます」はあっても「*おはようございました」はない(笑).

※実は,最後の点はわりと重要かもしれません.「*おはようございました」がないのは,単にないものはないのではなくて,過去にすべき対象が意味表示の中にないから意味論的に排除されているのかもしれないからです.


(2008-04-30追記:地域・方言によっては言うようです.あと,桃井はるこさんがよく使っていらっしゃるみたいですね)


この話題を取り扱った先行研究が手元にみあたらないのですが,年明けにでもあさってみようと思います.