アセモグル「国を豊かにするのはなにか?」(2/2)


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昨日のつづきです:

制度がそれほどまでに国々の貧富にとって重要だと,どうしてわかる? まずはノガレスに目を向けてみよう.ノガレスはメキシコ-アメリカ国境のフェンスで二分されている都市だ.どちらの片割れも,地理のちがいはない.天候も同じだ.同じ風が吹き,同じ土壌の上にある.地理と天候によりもたらされる病気の種類も同じだし,住人たちの民族・文化・言語といった背景も変わらない.論理上,この都市のそれぞれの片割れは経済的に同一となるはずだ.


ところが,2つは同一どころの話じゃない.


国境のフェンスをはさんだ片方,アリゾナ州サンタ・クルーズ側では,家計の所得の中央値は3万ドルだ.ほんの数フィート向こうでは,それが1万ドルとなっている.一方ではティーンエイジャーの大半は公立高校に通っていて,成人の大半は高卒.もう一方では,住民のうち高校に通うのはほんのわずかで,大学どころじゃない.アリゾナ側の人たちは比較的に健康状態にめぐまれ,65歳以上だとメディケアがある.もちろん道路交通網や電気,電話サービスは効率的で,下水も公共医療システムも問題なく機能している.そうしたことは,国境の向こうではまったく提供されていない.フェンスの向こうでは,道路は最悪だし,乳児死亡率は高く,電気・電話サービスは高くつくうえにときどき不具合をおこす.


カギとなっている相違点は,国境の北側では方と秩序があり政府のサービスは信頼できる――日常の生活と仕事をつつがなくこなせ,生命や安全や財産権を失う恐れなんてない,という点だ.国境の反対側では,住民は犯罪と不正にまみれ不安定な制度のもとに暮らしている.


ノガレスはこの上なく一目瞭然な事例だけど,事例がこれ1つしかないなんてことはない.シンガポールを例にとってみよう.かつては貧しい熱帯の島国だったシンガポールは,イギリスの植民地支配者たちが財産権を尊重し貿易を奨励したあと,アジアでもっとも豊かな国になっている.あるいは,中国.停滞と飢餓が何10年と続いていたこの国は,ひとたび訒小平私有財産権を農業さらには工業に導入するや,一変してしまった.あるいはボツワナ.他のアフリカ諸国が衰退しているのをよそにその経済は過去40年にわたり繁栄しつづけている.強力な部族制度と初期に選出された指導者たちの先見の明ある国づくりのおかげだ.


今度は経済と政治の失敗に目を向けてみよう.まずはシエラ・レオネ.この国はまともに機能する制度もないうえにダイアモンドはやたら大量にあるせいで内戦や争いが数十年もつづき,いまなお不正はチェックされずにまかりとおっている.あるいは共産主義北朝鮮をみてもいい.地理・民族・文化では資本主義の南の隣国のそっくり鏡写しの国でありながら,その10倍も貧しい.あるいはエジプト.もっとも偉大な文明をはぐくんだこの国は,オスマン朝トルコとそれにつづくヨーロッパ人の植民地化からずっと停滞がつづき,しかも独立後の政府のもとでは経済活動と市場が制限をうけてさらに悪化してしまった.このように,この理論は世界の大半の格差にみられるパターンを明らかにするのに使える.

国々が貧しい理由がわかれば,あとはどうやってそうした国々を手助けすればいいのかが問題となる.外部から制度を強制しようとしてもぼくらの能力にはかぎりがある.これは最近アメリカがアフリカやイラクで経験していることから明らかだ.でも,望みがないわけじゃない.多くの事例では,できることはたくさんある.機会さえあれば,世界で最も抑圧されている市民だって独裁者に立ち向かう.このことは先だってイランでみられたし,数年前にはウクライナオレンジ革命でもみられた.


こうしたタイプの運動の支援で合衆国は消極的な役割にとどまっていてはいけない.ぼくらの海外政策は,禁輸処置や外交をつうじて抑圧的な体制を処罰し,市民たちを支援すべきだ.アメリカは1970年代以来パキンスタンでムハンマド・ズィヤー・ウル・ハクを暗黙裏に支え,1965年から1997年までコンゴでモブツ体制による権力の私物化にこっそりと手を貸した.そんな風にアメリカの短期的な海外政策を支持しているからといって独裁者を支援する時代は,終わりにしなきゃいけない.なぜなら,長期の帰結があまりに高くつくからだ――市民は貧しく,子供たちは栄養不良で飢餓状態にあり,反抗的な若者たちは不満からテロリズムの魅惑に引き寄せられる,国全体がそういうありさまになるコストはあまりに高い.そうであるなら,パキスタングルジアサウジアラビア・ナイジェリアその他のアフリカ諸国がもっと透明性と公開性を高め,より民主的になるように後押ししなくてはいけない.彼らが短期的にはテロに対する戦争でぼくらの同盟国であろうとなかろうとだ.


ミクロの水準の話をすると,海外の市民を手助けするには,教育や活動の現代的な手段(とりわけインターネット)を提供することができるし,あるいは,暗号化技術や携帯電話プラットフォームを提供して中国やイランのような抑圧的政府が情報の力を恐れて設置しているファイアウォールや検閲を回避できるようにする手もある.


グローバルな格差は何千年もぼくらについてまわり,過去150年ほどでかつてない水準にまで達してさえいる.これを根絶するのはどうみてもかんたんなことじゃない.でも,失敗した政府や制度が貧困の発生にはたしている役割を理解すれば,この傾向を逆転させる戦いに勝機はある.



アセモグルはハーバード大学教授ジェームズ・ロビンソンと格差に関する本を執筆中.この文章は同書の一部を用いている.