対談:チョムスキー×トリヴァース


追記
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『シード』に掲載された言語学チョムスキーと進化生物学者ロバート・トリヴァースの対談.

原文:“Noam Chomsky + Robert Trivers”
http://www.seedmagazine.com/news/2006/09/noam_chomsky_robert_trivers.php


http://video.google.com/videoplay?docid=-7520102537648426467


以下,拙訳です:


反戦活動家にしてMITの言語学教授,ラトガーズの進化生物学者とシード談話室で欺瞞について議論する.


1970 年代,進化生物学者ロバート・トリヴァースの教えるハーヴァードの生物学教室から火のついた論争は,やがて「社会生物学論争」へとエスカレートしてゆく.彼の論文によって,人間の複雑な行動と関係を理解するためのダーウィン主義的な基盤が用意された.一方,MITでは革新的な言語学ノーム・チョムスキーヴェトナム戦争に対する主導的な批判者として声望を得ていた.この転換期の数年とその後数十年をとおして,2人はそれぞれ異なる視座から同様の考えを追究してきた.お互いの仕事について長らく意識しつつも2人は2ヶ月前まであったことがなかったが,テーブルについて共通の関心事について意見を交換することとなった:欺瞞と自己欺瞞についてだ.


ノーム・チョムスキー:欺瞞についていちばん重要な見解のひとつを述べたのは,私の考えだとアダム・スミスですね.商売の主たる目標は,公衆をだまし抑圧することにあると彼は指摘しています.


 さて,現代の際立った特徴のひとつはこの欺瞞の産業化です.いまや公衆を欺く巨大産業がある.しかも,当事者もそのことをよく承知しているんですね,広告産業というのは.面白いことに,こうした産業は,だいたい第一次世界大戦のころにもっとも自由な国々で──イギリスとアメリカで──発達しています.当時は,もう十分な自由が勝ち取られたので人々は力づくで支配されることなどありっこないと考えられていました.そこで,人々を支配下に置きつづけるために欺瞞と操作の方法がいろいろ開発されねばならなかったわけです.


 そして,いまやそれが巨大産業となっていて,商品のマーケティングを制しているばかりか,政治制度を支配してもいます.合衆国の選挙をみているひとならだれだって知っているとおり,あれはマーケティングです.歯磨き粉の宣伝広告に使われているのと同じ技術なんですね.


 さらに,もちろんこれを促進する権力システムがある.歴史をとおして,権力システムの支持を意図してきた者の大半は財産保有者と教育ある人間の階層です.これが教育によってなされることの大部分なんですよ──つまり,教化の一形式なわけです.知識階層の利害と関心に通じるためには,世の中についての見取り図を書き換えなくてはならず,それにはいくつもの自己欺瞞が伴うんです.


ロバート・トリヴァース:そうすると,少なくとも2つの文脈で自己欺瞞について述べておられるわけですね.ひとつは知識階層のことで,彼らは教育プロセスを経て自分をだます生き物になる.現実には特権的な少数の利害に奉仕していながら,彼らは必ずしもそのことをまるで自覚してはいない,というわけですね.


 もうひとつは説得と欺瞞の巨大産業で,一種の視聴者を無知や自己欺瞞にいざなっている.視聴者たちは真実を知っていると信じるようになるのですが,そのじつ,たんに操作されているだけである──こんなふうに考えられるわけですね.


 そこで質問ですが,あなたが指導者たち──たとえばイラク侵略などという暴挙を立案した連中──について考えるとき,彼らの自己欺瞞の水準はどれくらい重要なのでしょうか?彼らは山ほどウソをつきながらことを起こしました.その証拠は大量にあって,ここではちょっと言及するのもたいへんなぐらいでしょう.彼らの欺瞞はじつに容易に自己欺瞞につながると私は見ているのですが.


チョムスキー:賛成ですね.ただ,彼らがうそをついて戦争をはじめたかどうかは私にはよくわからないですね.じぶんでも信じていた可能性は十分ありますから.


トリヴァース:なるほど.


チョムスキー:つまり,彼らにはまず目標があった──詳細な記録はありませんが,しかし手持ちの記録をみると,どうも彼らは目当ての情報を得るために諜報機関に強制してその目標に寄与するような証拠を提出させていたようなんですよ.


トリヴァース:ははあ.


チョムスキー:そして,目標にそぐわないものはなんであれ放り出した.それどころか,人間まで放り出した──統合参謀本部長みたいに.


トリヴァース:ええ,そうでしたね.


チョムスキー:つまり,私たちが誰でもじぶんの人生経験から知っているように,なにかやりたいことがあるときには,それが正しくてよいことなのだとじぶんを説得するのはじつに簡単なんですよ.正しくないという証拠は遠ざけてしまってね.


 自己欺瞞とはこういうもので,自動的にはたらきます.自分を離れたところからみつめるには,たいへんな努力と労力が必要になる.なかなかできるものじゃないですね.


トリヴァース:いやあ,そのとおりですね.いわば〔観客席から〕舞台上のことを見ているときには,舞台上の役者よりものがよくみえるというのは,私たちも日常生活でよく知っているとおりですね.はたから出来事をみていると,「おやおやあいつらはあんなことをしている,こんなことをしている」と言えるのに,いったんそのネットワークの中に埋め込まれてしまうと,それがじつに難しくなる.


チョムスキー:じつのところ,同じような歴史上の出来事と比べてみるだけでも,よくわかるようになります.


 ロシアのアフガニスタン侵攻や,サダムのクウェート侵攻や合衆国のイラク侵攻をとりあげてみましょう──この3つだけをね.これらをやらかした当人たちの視点からみれば,どれもみんなのためになされた高貴なる努力でした──それぞれの自己正当化は似通っています.取り替えてもわからないくらいね.しかし,そんな正当化は私たちには思いもよらない,ただ彼らだけのものです.ロシアが侵略に手を染めたことも,サダム・フセインが侵略に手を染めたことも,疑う人はいません.私たちから見れば〔当人たちの正当化は〕とうてい成り立たないのですよ.


 このことに関してずいぶんと文献に目をとおしましたが,このことは普遍的といっていいくらいです.他人が犯罪に手を染めているときには容易にとれる態度も,みずからを省みて自分に対してとることはできない.どれほど強力な証拠があってもね.


トリヴァース:まったくの犯罪ではないと──


チョムスキーアフガニスタンクウェートと同じような事例がもうひとつあります.ついこのあいだディック・チエイニーが中央アジアのどこか──たしかカザフスタンにいましたね.あそこのパイプラインを西側にとおすのを確約するように言っていました.アメリカが管理できるようするためですね.


 彼が言ったのは,パイプラインの管理は手段だということ──パイプラインは威圧と脅迫の道具だということです.彼が言うには,もしよそが管理したら,たとえば中国がパイプラインを管理したら,それは威圧と脅迫の道具になる.しかし,アメリカがパイプラインを管理すれば,慈善的で自由ですばらしいことなのだ,というのです.


トリヴァース:ええ.


チョムスキー:それで,このことについてだれか論評を言うだろうかと興味をもっていました.つまり,よそによる管理について語っているときには,それは脅威と脅迫となる.じぶんたちに管理をよこせと彼が語っているときには,解放と自由の話になる.こういう矛盾を頭の中に共存させて生きていくには,なるほど教育が必要になるでしょうね.そういう事例は次々にでてきます.

集団思考 GROUPTHINK


トリヴァース:それこそ欺瞞と自己欺瞞の心理ですね.話を変えて集団について言うと,じつに興味深い類似性がいくつかあります.我ら/奴らの状況──じぶんの集団対よその集団という状況におかれたときに人間はことばを切り替えるということを心理学者たちが明らかにしているんです.


チョムスキー:ただ実験用につくられた集団のことですか?


トリヴァース:その場合も含みます.実験的にやることもできます.あと,ある集団とその集団に属していない誰かについて語る場合もあります.人々がほぼ無意識にやってしまう言語行動に,こんなことがあります.もしあなたが私の集団のメンバーで何かいいことをしたなら,私は一般的な言明をします:「ノーム・チョムスキーはすばらしいひとだよ」とね.次に,もしあなたが何か悪いことをしたなら,私は具体的な言明をするんです:「ノーム・チョムスキーは私の足をふんづけた」という具合です.


 ところが,あなたが私の仲間ではないときには,まったく逆のことが起きるんです.もしあなたが私の集団のメンバーではなくて何かいいことをしたなら,「ノーム・チョムスキーが MITへの道を教えてくれた」と言う.しかし,足を踏んづけられた場合には「彼はイヤなやつだ」とか「彼は無礼な人間だ」と私は言うわけです.


 つまり,仲間については肯定的なことを一般化し否定的なことは個別化する一方,よその人たちについて語るときにはその逆をやるんですね.


チョムスキー:よくあるプロパガンダと似ている感じですね,イスラームの連中はみんなファシストだとかアイルランド系はどいつも嘘つきだとかの.


ロバート・トリヴァース:まったくそのとおりです.他人の否定的な特徴を一般化するんです.イラクのことに関連してもうひとつ思い浮かぶことがあります:なにかについて熟考しているときには──たとえば,スージーと結婚しようかどうか,なんて考えているときには,人は熟慮の局面にある,ということを示唆する証拠があります.この局面では,人はいろんな選択肢を合理的に考慮します.


 さて,いったんスージーといっしょになると決めると,実行の局面に移ります.決断の否定的な側面については,もう聞きたくなくなります.気持ちが高揚し,あらゆる否定的なことは削除されて,もう「スージーしかいない」となるわけです.


 今度のイラクの惨状で目を見張ることのひとつは,熟慮の局面がなかったということですね.あったとしてもそれは──


チョムスキー:数年前のことですね.


トリヴァース:ええ,90年代まで戻らないといけない.当時はいまと同じ人たちも2通りの方針書があって,「戦争はよしておこう」というグループもいました.


 ところがいったん9/11が起きると,数日か数時間の間に彼らはイラクについて決断をおえて,よくありがちなとおりに実行局面に入ってしまった.悪いことについてはもう聞きたがらなくなってしまいました.


チョムスキー:頭から追い払ってしまった.


トリヴァース:すっかり頭から追い払ってしまいましたね.それで,こういうファイアウォールがつくられると,もう意見交換がなくなりました.ラムズフェルドのオフィスに誰かが来て何か言うと,「ちょっとねぇ…」 そういえばシンセキ[将軍]は早期退却計画をもっていましたね.


 で,ウォルフォウィッツが翌日やってきて,「敵をやっつけるのよりたくさんの部隊が占領に必要だなんて,ちょっと想像しづらいねぇ」と言う.でも,それは確立した軍事原則ですよね,50年前からとっくに知られていることです.


チョムスキー:そういうことは聞きたくないんだな.


トリヴァース:聞きたくないんですね.いま私はこういう現象を個人レベルで理解しようとしているんですが,それを集団にあてはめることもやっているんですが,それは団体がときに個人と同じように内的な自己欺瞞を行う場合があるからなんです.


 ファインマンによるNASAとチャレンジャー号事故の有名な分析がありますね.お読みになったかどうか存じ上げないんですが,あれは見事でした.彼によると 60年代に月ロケットの決定がなされたとき,それに関してよくもわるくも社会に意見の不一致はなかったそうです.誰もが,「ソヴィエトに勝って月まで行こう」と言ったんですね.計画が一から合理的に立てられて,なんと10年も立たない間にぼくらは月に行って無事もどってきた.


 そのあと,NASAは50億ドルの予算をもちながらやることのない官僚機構となりました.そうすると,彼らはじぶんたちがやることに理由づけをしないといけない.そこで,お金がかかるからという理由で有人飛行を決定し,繰り返し使えるシャトルの計画をつくりました.そうした方が,毎回新しいシャトルを使うのより高くついたからです.しかし彼らはそのことに意味があると売り込まないといけなかったんです.


 それで,ファインマンは,NASAのお偉いがたはこの「例のアレ」を大量に一般公衆に売り込むので忙しかったと論じています.彼らは下の人間が言う否定的なことには耳を貸したくなかった.こうしてO型リングの不始末が起きたというのが彼の分析です.


 安全装置につけるはずの安全ユニットがあったのに,ことが逆になって,安全でない方を合理化することになってしまった.あと,古典的なこととして,24回の飛行──24回だったと思うのですが──がその前にありましたね.そのうち7つでO型リングに破損が──


チョムスキー:──発見されましたね.


トリヴァース:そう,発見されました.そのうち1つではO型リングがすっかり焼けてしまっていた──〔24回のうち7回ということは,だいたい〕1/3で〔リングが〕焼けていたんですね.では,彼らはこれにどう対処したか?これは統計的に有意ですよね.彼らが言ったのは「17回の飛行では損傷がなかった,だからこれは有意でない」──それで彼らはなかったことにしてしまった.7回の飛行で損傷があった,そのなかには高温の損傷もあった,それゆえに有意でないというんです.


 こうして彼らは実にばかげたことを言い出したわけです.彼らは3重の安全因子を組み込んであると言いました.つまり,焼けてしまったのは3分の1だけだというんですね.しかしご存知のようにこれはことばの誤用です.エレベーターをつくるときには,法律で11重の安全因子をつけるよう求められます.ようするに,人で満杯にして上へ下へ動かしても機械にまったく損傷がないということですね.それを11回やって頑丈だと確かめるわけです.


チョムスキー:そしてこのデータは全て利用できた.


トリヴァース:全部利用できました.


→対談の後半はこちらです.