鶴見俊輔『期待と回想』(+「言葉のお守り的使用法について」のメモ)
- 作者: 鶴見俊輔
- 出版社/メーカー: 朝日新聞社
- 発売日: 2008/01/11
- メディア: 文庫
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(底本は晶文社から1997年にハードカバー上下巻で刊行)
本書は哲学者の鶴見俊輔さんに3人の聞き手がインタビューした聞き書きで,ほぼ全集『鶴見俊輔集』にそった構成となっています:
きせる学問──まえがきにかえて
1. アメリカ哲学と出会う 〔『鶴見俊輔集』第1巻・第2巻〕
2. かるたの思想 〔『鶴見俊輔集』第8巻〕
4. 転向について 〔『鶴見俊輔集』第4巻・第5巻〕
5. 意志のあるところ 〔『鶴見俊輔集』第7巻・第8巻〕
7. 伝記のもつ意味 〔主として単行本の伝記〕
8. 外からのまなざし 〔『鶴見俊輔集』第11巻〕
9. 編集の役割 〔これまでの編集の仕事〕
10. 雑誌『思想の科学』の終わりとはじまり
自己批評──あとがきにかえて
阿吽の会について──この本ができるまで 塩沢由典
解説──マチガイ主義がわかりにくかった時代 津野海太郎
主な作品年譜
索引
この文庫でもしっかりと索引がついていて,助かります.
スティーブンソンの影響について
以前,伊勢田哲治先生の日記に次のような文章があったのが気にかかっていたのですが──
なぜか鶴見俊輔を読んだり。「言葉のお守り的使用法」の元ネタはやはりスティーブンソンの情動的意味の理論であることを確認。「お守り的使用法」論文では引用していないが同時期の他の論文で Ethics and Language をひんぱんに典拠に挙げてある。
いやちょっと違うな。むしろ書いてまもなくスティーブンソンの存在を知って援用するようになったという感じか。本人にきいてみないとわからん。
これの答えになりそうな箇所があります:
〔聞き手〕伝記の方法ですが,対象とする人が生きてきた状況の中で,どういう生き方であったかが問題だと思います.そのときに,残されているテキストだけを通してみるという流れがありますが,そうした方法をどう見ていますか.
〔鶴見〕テキスト本位の方法はフランスからきたものですね.〔聞き手〕最近の作家はその範疇にあると思いますが,鶴見さんはテキストだけではなくて生きてきた状況の中で見ようとしていると思うんです.『鶴見俊輔集』の八巻(「私の地平線の上に」二五四頁)で,「私が戦争中に悟ったのは,人の思想を信念だけとしてみない.態度を含めて思想を信念と態度の複合として見る,ということなんです」とありますね.
〔鶴見〕C・L・スティーヴンソン(アメリカの哲学者)の『エシックス・アンド・ランゲージ』から受けた影響なんですよ.『倫理と言語』という本で一九四八年ぐらいに読んだと思います.
〔聞き手〕そうした考えがはっきりするのは四八年から五二年までのあいだではないでしょうか.デューイと管季冶について書いた「二人の哲学者」(一九五二年に発表)の中で,スティーヴンソンの「信念」と「態度」という言葉をもってきて,二人の人物を整理しています.戦争中,態度としての思想というものをどのようにとらえていたのですか.
〔鶴見〕スティーヴンソンは,論理実証主義の仕事を通して倫理学の問題を出したんです.それだけに,分析の仕方もきれいで自分の使う用語の体系もきちっと決まっている.とてもよかったのですが,私はこういう仕事をする前にカルナップから論理実証主義の影響を受けてるでしょ.そこからはなれて態度の問題を扱うようになった.自分なりの苦労があった.独自の方法をつくらないといけなかった.それが戦争中に考えていた「言葉のお守り的用法について」なんですね.
この発言どおりなら,のちに「言葉のお守り的使用法について」につながる問題意識が戦争中にあって,「一九四八年ぐらい」にスティーブンソンを読んだ,という順番になりますね.「お守り」の初出は1946年(昭和21年).
〔…〕それで余暇にジャカルタの図書館からマリノフスキーの「未開人の言語における神話」という論文を借りだして読んだ.それが「言葉のお守り的使用法について」のヒントになった.軍人が殴る前に説教するでしょ.まず「畏れ多くも」とあって,「パチン!」とくる.これは記号論として解明できる.「肇国の歴史の精神に則り」とか,そこに出てくるシンタックスはカルナップのいう「変形の法則」なんだ.かれに習った分析哲学が勅語の演説にきちっと合う.「ああ,これは一つの仕事になるな」と思った.「言葉のお守り的使用法について」は,オグデン,リチャーズ,その付録にあったマリノフスキーの影響を受けてる.これはコミュニケーション論です.
(『期待と回想』朝日文庫,p.152)