補足:「概念構造は複数の層 (tier) に分解される」


このところ継続して訳しているジャッケンドフの議論に「マクロ役割層」(macrorole tier) や「主題層」(thematic tier) といった用語がでてきていますが,これについて補足の説明を手短に記しておきます.

 おおよそ文の「意味」に相当するものとして,ジャッケンドフは「概念構造」(conceptual structure) を仮定します.この概念構造には,3つの「層」(tier) があり,これらは互いに完全ではないまでもある程度まで独立しています.

  • A. 「情報構造層」(information structure tier):文の意味を話題−焦点−共有基盤(または新情報−旧情報)に分割する層.
  • B. 「指示層」(reference tier):指示や量化の作用域に関わる層.
  • C. 「命題層」(propositional tier):「誰/何が−誰/何に−どうした」といった情報を符号化する層.


このうち,命題層はさらに主題層とマクロ役割層とに分かれます:

  • C1. 「主題層」(thematic tier):〈起点〉・〈終点〉・〈道具〉・〈主題〉といった主題役割 (thematic roles) に関わる層.
  • C2. 「マクロ役割層」(macrorole tier):主題層よりもおおまかな,項のあいだの関係を示す層.〈Xが-Yに-作用する〉であるとか,〈Xが-Yを-経験する〉といった関係がこれにあたります.

「作用する」という関係 (AFF) には,〈能動者 Actor〉と〈被動者 Patient〉というマクロ役割を担う項が関わります.ここで重要なのは,〈能動者〉も〈被動者〉も,標準的な主題役割(/機能役割/意味役割 etc.)で区別される動作主・主題・終点からある程度まで独立している,という点です.つまり,場合によって〈能動者〉が動作主であったり主題であったりすることがあるのです.次の文をみてください:

  • a. Bill threw the ball. (Bill=Actor/agent, the ball=Patient/theme)
  • b. The car hit the tree. (the car=Actor/theme, the tree=Patient/goal)

いずれも,マクロ役割層は〈Actor AFF Patient〉で同一です.つまり,主語の〈能動者〉項が目的語の〈被動者〉項になんらかの作用を及ぼす,という関係になっています.ところが,主題役割でみると (a) では主語 Bill が〈能動者〉プラス動作主なのに対し,(b) では主語 the car が〈能動者〉プラス主題となっています.また,目的語の方も,(a) では the ball は〈被動者〉プラス主題である一方,(b) では the tree は〈被動者〉プラス終点となっています.

 こうした観察から,主題役割の層と別個にマクロ役割層をジャッケンドフは仮定するわけです.

 翻訳の本文で登場している〈経験者〉や〈刺激〉も〈X EXP Y〉というマクロ役割層の関数のマクロ役割とされます (Language, Consciousness, Culture, p. 204).次に訳すセクション7.6では,このマクロ役割の概念がカギとなります.詳しくは次回の翻訳で.
加える]」