部分期間特性 & 加法特性 / 抜き出し可能性 & 伸張可能性


形式意味論で言われる「部分期間特性」・「加法特性」はラネカーの言う「抜き出し可能性」・「伸張可能性」に対応していて,研究史の上ではこれに先行しています(ラネカーはそうした文献を参照していないようですが).

1 部分期間特性


先日のkillhiguchiさん宛てメールでも書いたことですが,非完結な述語*1 は次の特性をもっています:

  • 「太郎は3日のあいだ病気だった」が真であるとき,「太郎は1日のあいだ病気だった」も真となる(伴立)
  • 「太郎は1時間歩いた」が真であるとき,「太郎は30分歩いた」も真となる(伴立)


一般化すると,こういうことです:

ある期間 I にわたってその状態/活動が成立している場合,その期間 I のどの部分をとってみても同じ状態/活動が成立している.


状態述語や活動動詞があらわす状況はすべて均質であるため,こうした推論が認可されます(対照的に,「〜にたどり着く」や「〜をつくる」といった述語は不均質な状況をあらわしていて,こうした推論は認可されません).たとえていうと,一本の羊羹のどこをどう切り取ってもやっぱり羊羹になるようなものです(対照的に,ショートケーキの部分をなす苺は,それ単体ではもはやショートケーキではありません).

 非完結述語のこうした特性を,形式意味論の文献では部分期間特性 (Subinterval Property) と呼びます:

Subinterval Property
Subinterval verb phrases have the property that if they are the main phrase of a sentence that is true at some interval of time I, then the sentence is true at every subinterval of I, including every moment of time I.
(Maria J. Arche, Individuals in Time: Tense, Aspect and the Individual/Stage Distinction, John Benjamins, 2006, p.70; see also Bennett & Partee 1972*2; Dowty 1979*3

1.1 状態の公理


これと同一のことを飯田隆「日本語形式意味論の試み (2)」(PDF) は「状態の公理」(p.110) として提示しています:

状態の公理
状態 H が期間 I で成立するならば,I'I であるようなすべての I' について,HI' で成立する.

1.2 部分的期間の定理


 金水敏 (2001) で提示されている「部分的期間の定理」は,これを日本語の現在時制に限定したものとみなせます:

部分的期間の定理
発話時現在を含むことによってアルを適切とする状態があるとき,その状態の継続期間のうち,発話時現在以前の部分を取り出すことによって,必ずアッタも適切となる.


2 加法特性


 上記の部分期間特性の逆にあたるものとして,加法特性があります:

Additive Property*4
The result of the sum of a number of portions of x is x
(x のある分量を足しあわせて得られるのは x である)
(Maria J. Arche, Individuals in Time: Tense, Aspect and the Individual/Stage Distinction, p.70)


たとえば,1時間の散歩と2時間の散歩をあわせて得られるのは3時間の散歩であり,散歩であるという性質は一定です.

 このように,非完結述語のアスペクト特性については「部分期間特性」と「加法特性」の2つが知られています.

3 抜き出し可能性 & 伸張可能性(@認知文法)


 さて,認知文法では,「完結述語 vs. 非完結述語」の対立は「可算名詞 vs. 不可算名詞」の対立にパラレルであると考えます.前者の対立は〈プロセス〉における有界/非有界*5 および不等質/等質*6 の対立,後者は〈モノ〉における有界/非有界および不等質/等質の対立であり,いずれにおいても対立関係は同一だ,というわけです.

 ラネカーは非完結述語と不可算名詞に共通の特性として,「抜き出し可能性」(contractibility) と「伸張可能性」(expansibility) の2つを提示しています (FCG2: 79-80, 251; Cognitive Grammar: Basic Introduciton: 139-142, 153-4).

 まず「抜き出し可能性」とは,ある全体とその部分のタイプが同じになることを言います:つまり,〈モノ〉に関して言えば,あるタイプの物質 (mass) が一定量あるとき,その一部を取り出してもタイプは変わらない──1リットルの水から10mlを取り出してもそれは水というタイプであることに変わりない──ということであり,また,〈プロセス〉に関して言えばあるタイプのプロセスが一定期間にわたって成立しているとき,その期間の一部を取り出してみてもやはりタイプは変わらない──1時間の散歩から10分間を取り出してもやっぱり散歩に変わりない──ということです.

 次に「伸張可能性」とは,あるタイプのインスタンスが2つあるとき,それをあわせると同一タイプの大きなインスタンスが得られることを言います:つまり,〈モノ〉に関して言えば,あるタイプの物質のインスタンス2つをあわせるとタイプは変わらないままより大きな分量のインスタンスが得られるということであり,また,〈プロセス〉に関して言えば,あるタイプのプロセスのインスタンスが2つあるとタイプは変わらないままより長い期間にわたるインスタンスが得られるということです.

 こうしてみると,前述の部分期間特性と加法特性とのあいだにパラレルな関係がみえてきます:つまり,

部分期間特性 : 加法特性 = 抜き出し可能性 : 伸張可能性


というわけです.

 ラネカーの方がより包括的な概念となっていますが,少なくとも述語アスペクトの研究史を考えるときには上記の対応関係を念頭においておくといいかもしれません.*7

*1:ヴェンドラーの分類では状態 (e.g. 'be-sick') と活動 (e.g. 'walk') がこれに該当します.

*2:Bennett, Michael and Barbara Partee, "Toward the logic of tense and aspect in English," distributed by Indiana University Linguistics Club, Bloomington, 1972.

*3:Dowty, D. R., Word Meaning and Montague Grammar, D. Reidel, 1979.

*4:文献によっては "cumulative" とも.

*5:bounded/unbounded:境界があるかないかの対立

*6:heterogeneous/homogeneous

*7:どこかから Quine, Word and Object をみよとの声が…