別訳バージョン:デネット「かわいい,えろい,あまい,おもしろい」


ダニエル・デネットの TED 講演 "Cute, Sexy, Sweet, Funny" の Huwahuwamohumohu さんによる翻訳にいくらか改変を加えてみました.手を加えたのは,文体の細かいところと,英文解釈に相違があるところ,および訳文の抜けがあったところです.


Huwahuwamohumohuさんの仕事があってこの拙訳ができていることを強調しておきます.




ぼくは世界中を回ってダーウィンについて話してます.で,たいてい話すのはダーウィンの推論の奇妙な逆転のこと.


さて,このフレーズですが,これは初期のダーウィン批判者に由来してます.お気に入りの引用なんで,ちょっと聞いてもらいましょう:

我々が取り上げる〔ダーウィンの〕理論では,「完全なる無知」により物事は巧みにできあがるという.この理論体系全体の根本原理は,こう言い表せる:「完璧で美しい機械をつくるのに,その作り方を知る必要はない」注意深く検討すれば,この命題によって〔ダーウィンの〕理論の要点が凝縮したかたちで表現されるのがわかる.これでダーウィン氏の言わんとすることが簡潔に表現されるのだ.彼は,奇妙に逆転した推論によって,こう考えているらしい――「完全なる智恵」にとってかわって「完全なる無知」が創造のわざをすべて達成できるのだ,と.[Robert Beverley MacKenzie 1868]

おっしゃるとおりですとも.いやほんとに.たしかに奇妙な逆転です.とある創造論者のパンフレットには,これに関して面白いページがでてきます:

テストその2:
あなたは大工もいないのに建った建物を知っていますか? □ハイ □イイエ
あなたは画家もいないのに描かれた絵を知っていますか? □ハイ □イイエ
あなたは製造者もいないのに組み上がった車を知っていますか? □ハイ □イイエ
もし上記のうちひとつでも「ハイ」と答えた場合,詳細を書いてください.

ははーん.いや,たしかにまったくもって奇妙にも推論が逆転しているわけです.設計には知的な設計者が必要だってのは実にもっともな話だと思えますわな.ところが,ダーウィンはそれは違うと示しているんです.


ただ,今日はそれと別のダーウィンの奇妙な逆転の話をしましょう.こちらもやっぱり同じくらい不可解ですが,いくつかの点で同じくらい重要です.


「チョコケーキはぼくらの大好物だ,だって甘いもの」と推論するのはもっともなことです.「男子がこういう娘たちを狙うのはセクシーだから」とか,「ぼくらが赤ちゃんを溺愛するのは可愛いから」とか.さらに,もちろん「冗談にウケるのは面白いからだ」というわけです.


これはみんな逆さまです.まじです.理由はダーウィンが教えてくれます.


まずは,甘さからはじめましょう.ぼくらは甘い物好きだけど,これは基本的に砂糖探知機として進化したものです.なぜなら砂糖は高エネルギーで,ざっくり言って,これを好むように配線ができあがったわけです.ぼくらが甘い物好きなのはこのためです.ハチミツが甘いのはぼくらがそれを好むからであって,「甘いから好んでいる」んじゃありません.ハチミツそれじたいに甘さが備わってるんじゃあない.グルコース分子まで目を凝らしてみたって,ハチミツが甘い理由なんてでてきやしません.甘い理由を知りたければ,ぼくらの脳に目を向けなきゃいけない.そういうわけで,最初にまず甘さってものがあって,それを好むようにぼくらが進化したんだと考えているとしたら,それは逆さまです.そいつは間違い.逆にいかなきゃいけない.ぼくらの配線が進化して,甘さが誕生したんです.


また,このお嬢さんたちじたいにセクシーな何かが備わってるわけでもありません.ありがたいことです.なにしろ,そうでなかったら,母なる自然には厄介事ができてしまいます:「いったいどうやってチンパンジーくんに交尾させりゃいいんだ?」って.


いや,こう考える人もいるかもしれません:「ああ,答えはこれだ:幻覚だ!」


それでもできなくはないでしょうが,もっと手っ取り早い方法があります.こういう外見がお気に召すように,チンパンジーくんの脳を配線してやればいいんです.現にそうなってるようですね.これで一件落着です.この600万年の間に,ぼくらとチンパンジーは別々の方向に進化してきました.なんともヘンテコですが,ぼくらは無毛の体になりました.理由はさておきね.だが彼らはそうなってない.ぼくらもこうなってなければ,きっと,こんなのがエロさの極みになっていたでしょう.


ぼくらの甘い物好きも,高エネルギーの食べ物を本能的に好むように進化した産物です.べつに,チョコレートケーキに合わせて設計されたわけじゃない.チョコレートケーキは超常刺激です.これはニコ・ティンバーゲンの用語で,彼はカモメで有名な実験をやりました.この実験でわかったのは,カモメのくちばしのオレンジの斑点――これよりもっと大きなオレンジの斑点をつくってやると,カモメはこれをもっと強くつっつくようになる,ということです.カモメにとってこれは超常刺激で,大いに気に入ったわけです.で,チョコレートケーキでわかるのは,こいつもぼくらの設計配線をラリらせる超常刺激だということ.超常刺激はいろいろあります.チョコレートケーキはそのひとつだし,セクシーさにもいろんな超常刺激があります.


かわいらしさにだって,いろんな超常刺激があります.ここには実にいい例があります.ぼくらが赤ちゃんを愛するのは大事なことで,たとえばオムツがきちゃないからって赤ちゃんを嫌ったりしないのは大事なことです.つまり,赤ちゃんはぼくらの愛情を引き寄せて世話をやいてもらわなきゃいけないし,現にそうしてる.


ところで,最近の研究によると,母親は自分じしんの赤ちゃんのきちゃないオムツのニオイの方を好むそうです.つまり,自然はいろんなレベルで機能しているわけですな.


ともあれ,もしも赤ちゃんがいまのような外見じゃなくてこんな外見をしてたら,ぼくらはこっちの方を愛らしいと思っていたことでしょう.こっちの方が,「ああもう,だっこせずにはいられない!」と思っていたはずです.


これが,奇妙な逆転ってやつです.


さて,じゃあ最後に,面白さはどうでしょう.ぼくの答えはここでも同じです.同じ筋書き.ただ,こいつは難物で,一目瞭然とはいきません.最後に回したのはそのためです.これについて言えることは多くないんですが――ともあれ,ここでも進化で考えなきゃいけません.なされるべき難題はなにか――「こいつァ汚れ仕事だが,だれかがやらにゃあいかん」――これが実に重要で,これによって,組み込み済みのかくも強力な報酬が成功時に与えられるようになるわけです.


さて,ぼくらは――ぼくと少人数の同僚は,答えを見つけたと考えています.面白さとは下劣な事務仕事に対して脳に報酬を出すように配線された神経システムだというのが答えです.この見解を一言にまとめるなら,「そいつはバグとりの喜びだ」ってところです.全部説明するような時間はありませんが,ある種のバグとりだけが報酬をもらえるんだとだけ言っておきましょう.で,ぼくらが何をやってるかというと,神経科学的な探針としてユーモアを使うわけです.冗談にチューニングを合わせておいて,ユーモアのスイッチをオンにしたりオフにしたりしてやる.で,「こいつはつまらん.ふむ,いくらか面白くなってきたぞ….少し面白くなったな,おっとこりゃつまらん」という具合にやると,脳の機構について何事かが実際に分かってくる.脳の機能的な機構についてね.マシュー・ハーリーがこの研究のファーストオーサーで,ぼくらはこれをハーリー・モデルと呼んでます.ハーリーは計算機科学者,レジナルド・アダムスは心理学者で,あとはぼく.いまこいつを本にまとめているところです.


ご静聴どうも.