意味のレベル:「文の意味」・「言明の意味」・「発話の意味」


意味論・語用論の教科書(著者によれば学部3−4年から大学院レベルとのこと)から,意味のレベルに関する箇所を抜粋して訳しました:


Meaning in Language: An Introduction to Semantics and Pragmatics (Oxford Textbooks in Linguistics)

Meaning in Language: An Introduction to Semantics and Pragmatics (Oxford Textbooks in Linguistics)


すべての言語学者が以下で紹介する区別にまるごと同意しているわけではありませんが*1,言語的な意味を論じる際には基本事項として踏まえられています.

2.2 意味の3レヴェル


さらに話をすすめるまえに,意味の「レヴェル」を3つ区別しておく必要がある.それぞれ,文の意味 (sentence meaning),言明の意味 (statement meaning),発話の意味 (utterance meaning),と名付けよう.一見したところ,こんなものは最悪の種類の学者的な重箱の隅つつきに思えるかもしれない.だけど,これは意味論で話を明瞭にするために絶対的に重要な区別だ.用語の理解をかんたんにするために,ここではまず平叙文にだけ関連づけて説明しよう.平叙文以外の文にこれらの概念がどう適用されるかは,あとで述べる.

2.2.1 文の意味

文は文法の単位だ──つまり,文とは特定のタイプの単語の連なりであり,適格な形かどうかは,その言語の文法で定まっている条件で決まる.たとえば,「猫がマットのうえにいる」や「ジョンはテーブルに帽子をおいた」は日本語の〔適格な〕文だけれど,「ジョンは帽子においたテーブル」や「の母親が少年泳いだる」はそうでない.文とそれ以外のフレーズや単語といった文法の単位のちがいはなにか,という点についてはあまり時間をかけずに,ここではただ「伝える」という行為で使われうる言語の最小単位だ,とだけいっておこう.次の例の正常/異常を比べてみよう:

(1)
A: Tell me something nice. (なにか甘いこといってよ.)
B: Chocolate. (チョコレート.)
A: What do you mean? (どういうことよ.)
B: Well, chocolate is nice. (いや,チョコって甘いじゃん.)

(2)
A: Tell me something nice. (なにかステキなこと言ってよ.)
B: Love is many-splendoured thing. (愛とはすべてに長じたものだ.)
A: Ah! How true! (まぁ,ほんとね!)

例 (1) で B の返事がおかしいのは,それがはっきりと文の形になってもいなければ,文脈から妥当な文を復元することもできないからだ.例 (3) では文を復元できる:

(3)
A: He asked me what I wanted. (何が欲しいって彼に聞かれたの.)
B: What did you tell him? (何て答えたの?)
A: Chocolate. (チョコレート.)

こちらなら,伝達行為の全体は「チョコレートが欲しい」なのだと再構成できる.これは文を構成している.以後,どんなものを文とするかは直観にたよることにする.


 さきほど,「伝達の行為に使われる」と言っていたのに注意してほしい:文そのものは,それだけだと何も伝達しない.「猫がマットの上にいる」という文は何か伝達しているだろうか? これは真だろうか? 知りようがないし,そもそもこの質問が意味をなさない:文それじたいは真理値をもたないからだ(もっていると言えるものもある:「水の分子は水素原子2つと酸素原子2つからできている」がそうだ).そうは言っても,まさか「猫がマットの上にいる」が無意味だなんて誰も言わないだろう.そこで,文の意味という考えを導入しよう.これは,文脈や使用を問題にする以前に文がまさに適格な文であるかぎりかならずもっている意味の特性をさしている.文のこの特性は,主としてそこに含まれている言語的な部品である単語と,その文法的な配列だけから生じている.(ここでは,単語には文脈から独立した何らかの慣習的な意味特性があるものと仮定しておく.) ある言語の文法には,構成性の原理 (principles of composition) が関連していると仮定できる.これは,ある構文の構成素の意味を組み合わせるとその構文全体の意味が得られる,という原理だ.たとえば「大きな猫が小さなマットの上にいる」なら,「小さな」は「猫」にではなくて「マット」に関連しているとわかるし,さらには,どんな種類の動物が出てきているのかもわかり,この文が実際に使用されればそのなかでもとくにどれか一匹が指示対象として意図されることもわかる.他も同様だ.ごくわかりきったイミで,文の意味は,その使用を制約する.すくなくともさらにあとづけの決まりごとを付け加えない限りは,使えるケースは意味によって狭められる.


 実地に使用されないかぎり,文には真理値 (truth-value) がない(つまり,真とも偽とも判定できない)けれど,真理条件 (truth conditions) はある.真理条件とは,文を使って真である言明がなされるために成り立っていないといけない条件のことだ(すくなくとも,字義どおりに用いる際には).たとえば,ある場面で「猫がマットの上にいる」を真である言明として述べるには,それに先立って,当該の猫科の動物が床を覆う敷物に対してしかるべき空間的な位置を占めていなければならない.文の意味のうち,真理条件を決定するさまざまな側面は,まとめて命題内容 (propositional content) として知られている.2つの文の命題内容が同一なら,あらゆる使用場面においてその言明の真理値は同じになる.たとえば,「ジョンはメアリーをなでた」と「メアリーはジョンになでられた」がその一例だ.同様に,もし2つの文の命題内容が異なっているなら,その言明の真理値は逆になる.


 命題内容は,けして,ここでいう文の意味のすべてを汲みつくすものではない.たとえば,疑問文の質問という意味や命令文の命令という意味は〔文の意味ではあるけれど命題内容には〕含まれていない.また,yet や still や already といった語の意味も除外されている.たとえば次の2つの文は真理条件が同じなので命題内容は同じだけれど,だからといって意味が同一だとはだれも言わないだろう(し,同じ状況でともに適切になるとも言わないだろう):

(4) John has not arrived. (ジョンは着いていない.)

(5) John has not yet arrived. (ジョンはまだ着いていない.)

 命題内容に含まれない文の意味の側面としては,他に,表出的な意味がある:

(6) It’s very cold in here. (ここは とても寒いね.)

(7) It’s bloody cold in here. (ここは めがっさ寒いね.)

また,格式的/口語的といった使用域の特性も,命題内容に含まれない:

(8) My old man kicked the bucket yesterday. (うちのじじぃが昨日くたばった.)

(9) My father passed away yesterday. (私の父が昨日 息を引き取った.)

文の意味の一部とみなされるには,意味特性は言語表現の安定した慣習的属性 (stable conventional property) となっていなければならない.

2.2.2 言明の意味

ある人が言明をしたというのは,その人がある(平叙)文を使ってしかじかの事態が成り立っていると(もっとも一般的なイミで)断定したということだ.言明には真理値があるので,その正しさが問われることもある:

(10)
A: I saw you with John yesterday. (昨日,きみがジョンと一緒にいるのを見たよ.)
B: No, you didn’t. (それはない)

ただ平叙文の形をした文をつくるだけでは,言明にならない.たとえば,語学教室で英語の時制を練習しているときに,誰かがこう言ったとしよう:

The cat sat on the mat.
The cat sits on the mat.
The cat will sit on the mat.

たしかに一連の文をつくってはいるけれど,この人は言明をなしてはいない.The cat sat on the mat と彼が言ったのに No, it didn’t(いや,いないよ)と返事しても,意味不明だ.言明の意味という用語は,平叙文を特定の文脈で字義どおりに使って断定された内容と,断定〔の行為〕との組み合わせを指すのに使おう.

2.2.3 発話意味

ここでいう発話とは,言語によるコミュニケーションの行為において生み出されるものをさす.完全に具体化された言明の意味すら,話し手が文を発話して伝えようと意図したことのすべてを十分に汲みつくしはしない.ごくかんたんな例として,下記を考えてみよう:

(11)
A: Have you cleared the table and washed the dishes? (テーブルを片づけてお皿を洗った?)
B: I've cleared the table. (テーブルは片付けたよ.)

ふつうの状況だと,B が意図したメッセージは,彼/彼女がお皿を洗っていない,ということだろう.でも,これが B のことばの標準的な意味に含まれているとはみなせない.次の例ではこれはさらに明瞭になる.ここで明らかに話し手 B はAが夕食にすっかり遅れてしまったと伝えようと意図している:

(12)
A: Am I in time for supper? (夕食には間に合ったかな?)
B: I’ve cleared the table. (テーブル片づけちゃったよ.)

こういった言外の意味は,文の意味や言明の意味に含まれてはいなくて,文脈の情報にもとづいて聞き手が推量することが見込まれている.ある発話をなすことで話し手が伝えようと意図していることの総体を,発話意味 (utterance meaning) と呼ぼう.


 上記の例だと発話意味は言明の意味を含んでいるけれど,一般に,これは字義どおりに使われた表現についてだけ成り立つ.「君の瞳は100万ボルト」という発話で話し手が伝えようと意図する内容には,大半の場合,その言明の意味は含まれないだろう.

*1:それどころか,著者本人が同書 ch.14 や Croft & Cruse (2004) Cognitive Linguistics では「動的構築アプローチ」を提唱しているくらいです:教科書ですから基本事項からはじめるのは当然ですよね