対談:チョムスキー×トリヴァース(つづき)
言語学者チョムスキーと進化生物学者トリヴァースの対談のつづきです(前半はこちら;原文はこちら]).
「威信を保つ」 "MAINTAINING CREDIBILITY"
■トリヴァース:ここには個人の自己欺瞞との類似点があります.情報は有機体/組織のどこかにあることが多い.ただうまく隠されているんです.無意識の奥にしまわれている.それがうまく利用できないのは,ファイアウォールでふさがれているからです.
■チョムスキー:動物でもそれと似たことはありますか?
■トリヴァース:どうでしょうか,わかりません.他の生き物では少なくとも2通りの状況で自己欺瞞が進化したと思います.これは研究できます.やり方を示唆したこともあるんですが,誰もやってないですね.
たとえば,闘争状況──オスどうしの争いとしましょう──で相手の動物を値踏みするとき,相手の自己信頼感覚は値踏みに関連する要因です.
■チョムスキー:そしてそれはふるまいにあらわれる.
■トリヴァース:そのとおりです──恐怖の徴しを抑えるそぶりや相手にまったく譲ろうとしない態度にあらわれます.すると過信の選別を想像できますね──
■チョムスキー:──本当は自信がないときでも過信ぶりを示しているやつの選別だね.
■トリヴァース:そうです.求愛行動でも同様で,この場合はメスがオスを値踏みします.ここでもその有機体の自己感覚が関連しています.誰もが知るとおり,低い自己評価は性的なロマンスにとって不利になります.
ですから,有機体の内部で偏向した情報の流れを選別して虚偽のみせかけを維持する場合が──言語以外に──ありえそうに思います.
■チョムスキー:虚偽のみせかけをつくっている動物は,それが虚偽だと知っているのかも知れない.
■トリヴァース:そう,しかしそうと知らないほうが得かもしれないですね,つまり──
■チョムスキー:──その方が容易だから.
■トリヴァース:その方が容易にやれるし,説得力が出る.〔虚偽の体面をつくっているという〕証拠がもれませんからね.
■チョムスキー:二次的な徴しですね.
■トリヴァース:まさしく.
■チョムスキー:このことについてはなにか論拠がありますか,それともただの憶測ですか?
■トリヴァース:いまのはまったくの憶測です.
■チョムスキー:研究できますか?
■トリヴァース:自己欺瞞についてやっている人は知らないですね.人間以外の動物の欺瞞についてはすばらしい研究がすすんでいるところです.
関心をもたれるかもしれない研究のラインをひとつ紹介しますと,ハチや鳥やサルは,じぶんがだまされていると個体が認識した場合,いらだちを示します.だました側を攻撃することもよくあります.とりわけ,だました側がじぶんを過剰によく見せていた場合ですね.もし,じぶんを低く見せかけてじっさいより優位にないふりをしていた場合には攻撃されません.攻撃するのはどんなやつかというと,その地位の盗用や真似を相手に試みられた側なんです.
これは面白くて,だましている最中にそれを見破られる恐怖──なぜなら,もし見破られたら痛い目にあわされたり追い出されたりするかもしれないから──が二次的な徴しになりうるという動態が示唆されています.
■チョムスキー:国際関係の文書にはそれをあらわす名前がありますよ.「威信の維持」というんです.威信を保つためには,たとえそれが些細なことであろうと,暴力的な行動をとらないといけない.
■トリヴァース:なるほど.
■チョムスキー:なんだかマフィアみたいですよね.
■トリヴァース:ええ.忌むべきことをそうやって合理化しているのを聞いたことがありますね──我々は威信を保っているのだとか,ストリートでの威信を保っているんだとか.
■チョムスキー:おなじみのことですね.ふつうはなんらかの意味づけで隠されていて,それはたとえば西側の威信だとか,自由世界だとか,いろいろありますね.
否認 DENIAL
■トリヴァース:ええ.[ルーベン]ガーと[ハロルド]サッケイムによる優れた研究があります.だいたい20年前ですね──当時は非常に研究が困難でしたが,いまではずっと簡単にやれます.私たちは自分の声を聞くとき,他人の声を聞くときよりもより興奮した反応を示すという事実をもとに研究したんです──皮膚電気反応はそういう測定法のひとつです.自分自身の声を聞くときには,これが2倍に跳ね上がるんですよ.
さて,どうすればいいかというと,年齢と性別を同じ人たち同士をまとめて,トーマス・クーンの『科学革命の構造』からとった同じ退屈な段落を読んでもらい,その録音を2, 4,6,12秒の断片にぶつ切りにしてマスターテープをつくります.そのテープには何秒かその人たちの自分自身の声が入っているのですが,しかし大部分の時間は他人のです.それから彼らには,声が自分のものだと思うかどうかを示すためのボタンと,どれとらいそれに自身が売るかを示すボタンとを押してもらいます.すると,その間,彼らには皮膚電気反応があらわれるんです.
彼らは2つ興味深いことを発見しました.まず,なかには自分自身の声を否認する人たちもいたのですが,皮膚の方はつねに正しく反応していました.また,他人の声を自分のだとした人たちもいましたが,ここでも皮膚は正しく反応しています.
否認した人たちは否認そのものを否認しましたが,それは2回に一回で,また,誤認した人たちはあとでじぶんは間違ったのだと思うと認めました.
■チョムスキー:その理由は何だと思われますか?
■トリヴァース:否認した人たちと誤認した人たちのちがいについてですか?いや,うまく言えませんが,現実を否認したいとき,ひとはすばやく反応してそれを視野の外におかずにはいられないんですね.否認した人たちは高い水準の皮膚電気反応をすべての刺激に示しました.まるで,そうなるべく準備されていたかのように.また,現実を捏造するのも,少し緊張を要するようですね.
■チョムスキー:びくびくするほどじゃあないんですね.
■トリヴァース:そう,そんなところです.ガーとサッケイムが示したポイントをあと一つあげますが,それは,操作できるということです.心理学者たちは,ひとに自分自身についてイヤな感じをいだかせる手段をたくさんもちあわせています.そのひとつは,ひとにただ試験をさせることです.大学生で実験したことなんですが,半数には「出来がよくない」と告げ,また半数には「よくできたね」と告げます.
すると,じぶんについてイヤな思いをした人たちはじぶんの声を否認することが多くなり,じぶんについてイイ思いをした人たちは他人の声をじぶんのだと答えることが増え出したんです.私たちはじぶんの声をレコーダーで聞くように進化してはいないので,解釈をくわえる必要があります.しかし,どうも自己呈示というのは失敗は少なくして成功は拡大してみせるということのようですね.
さっきの質問にもどりますと,動物のなかではとくに鳥が人間と同じ心理的な興奮をおこすのが知られています──つまり,仲間の種の歌に対して興奮するということ,そしてじぶん固有の声に対してはそれ以上に興奮を示すということですね.
■チョムスキー:同種には強く興奮し,みずからにはさらに強く興奮する,というわけですか?
■トリヴァース:そのとおりです.
■チョムスキー:血縁の効果はありますか?
■トリヴァース:いい質問ですね.ただ,答えは知らないんです.一般に,鳥類の血縁関係はあまり発達していません──じぶんの親族のちかくに巣を構えないことがよくあります.
ただ,原則を言えば鳥類にもガー&サッケイム実験を行えると思います.その場合,コンピューターのボタンを押すのに対応するのはクチバシでつつく行動になります.じぶんの歌声を聴いたときにつつくように報酬システムで訓練するわけです.
■チョムスキー:すると,そのことから自己欺瞞へはどうつながりますか?
■トリヴァース:そうですね,たとえば,ケンカに負けるといった否定的な経験をさせることで鳥を操作してやります.少し大きい動物にけしかけてやればそのお膳立てはできますね.同様に,別のグループにはケンカに勝たせてやる.そうすれば自己否認の傾向があるかどうかを確かめられます.
■チョムスキー:もしかしたらこんな本に興味をもつんじゃないかな.ジェイムズ・ペックというじつに頭のいい中国研究者が最近出した『ワシントンの中国』という本なんですが,国家安全保障の文化を非常に深く分析しています.ワシントンで構築された中国幻想についての分析です.
国家安全保障会議の文献や背景文献を読み通して,その内容分析と心理分析の両方をやっているんですが,いまの話を聞いているあいだ,そのことを思い出していました.
彼が言うには,たとえばグアテマラ政府を侵略したり転覆させるといったことをなにか新しい目的によって正当化できる枠組みを作り上げるための,自己欺瞞の精緻な技術があるそうです.そして,それは何もかもを単純化することでなしとげられる.真実よりももっと明瞭に話を仕立てないといけないわけです.
■トリヴァース:なるほど.
■チョムスキー:そして,その構図が〔組織の〕内輪で創作されたあと国家安全保障の職員グループそれぞれで作り上げられていくにつれて,原理主義宗教じみていき,極端な自己欺瞞をみせるようになる.そのいきつくところがチェイニーとラムズフェルドなんですね.
■トリヴァース:こないだ,売店で新聞をみたら「中国,次なる脅威」という記事があってゾッとしましたね.「いまや我々は中国に対してすべての力を動員しなければならない」とあって,しかもそれは軍事的な話なんですよ.
■チョムスキー:面白い.中国の脅威は軍事的なものではないですからね.
■トリヴァース:そうです.
■チョムスキー:中国の脅威というのは,つまり,中国を威圧できないということでしょう──いま話してくれたこととじつに似ていますね.ヨーロッパなら威圧できる.ひとびとがイランに投資するのをやめさせようと合衆国が試みると,ヨーロッパの企業は手を引くのに中国はそんなことにおかまいなしでやる.
■トリヴァース:ええ.
■チョムスキー:歴史をみれば,どうしてかわかりますね──中国は4千年つづいていて,だからそんなことにかまわない.西側は悲鳴をあげますが,中国はことを進めてサウジやイランの石油を手に入れる.中国を威圧できない──そのことでワシントンの連中は頭が煮え立ってしまうんですよ.
しかし,ご存じのとおり,主要な権力のなかでは中国がもっとも軍事的に穏健なんですね.
■トリヴァース:そう.明白な脅威は経済的なものです.
■チョムスキー:彼らは周到に計画していますね.たとえばワシントンにいたときの胡錦濤.あのあと彼は世界を歴訪しましたね.次に訪れたのはサウジアラビアでした.ワシントンにしてみれば,平手打ちをくらったようなものです.「あなたの言うことなんて,我々は気にもしませんよ」ということですからね.
■トリヴァース:ええ.
■チョムスキー:まちがいなく彼は計画していたと思いますね.これは一種の威圧のようなものでしょう.ちょっと,ゴリラが胸を叩いているような感じですね.
■トリヴァース:いや,まったく.もっと力持ちだぞ,というわけですね.