英文のこまけえ話
昨日のエントリのおまけとして,小ネタを2つ.
その1:「習慣」の意味を読みとる
最初のパラグラフをとりあげます:
5年以上にわたってブランドン・ブライアントが働いていた職場は,トレーラーほどの大きさの,窓1つない楕円形のコンテナだった.空調は摂氏17度(華氏63度)に維持され,保安上の理由から,ドアは開けられないようになっていた.ブライアントと同僚たちが座る席の前には,14台のモニターと4つのキーボードが並ぶ.
さて,問題はこのあとのセンテンスです:
When Bryant pressed a button in New Mexico, someone died on the other side of the world.
たんに訳すだけなら困らないと思います.たとえば,高校生の英文和訳ならこんな感じになるかもしれません:
訳例 1.「ブライアントがニューメキシコでボタンを押したとき,地球の裏側で誰かが死んだ」
たいていは,これでマルがもらえるでしょう(ぼくだってマルをつけます).でも,この文にはなんだかヘンな感じがしませんか.
ピンとこなければ,こっちの和文とくらべてみましょう:
訳例 2.「ブライアントがニューメキシコでボタンを押すたび,地球の裏側で誰かが死んだ」
なにがちがうでしょう?
2つのちがいは,もとの英文が「繰り返された出来事,習慣」を表しているのをハッキリつかまえているかどうかです.
訳例 (1) だと,そういう出来事が1回あったと解釈されるのがふつうですが,英文がいわんとしているのはそういうことではありません.ブライアントはドローンの操縦室で何度も何度も照準ボタンを押す仕事をしていたのですから.
そこを迷いなくハッキリわかるような日本語文にしてあげた方が,読者は助かります.それで,「ボタンを押す *たびに*」としてみました.
ちょっとだけ文法を
英語では,単純な過去時制のセンテンスには,その出来事の回数について少なくとも3通りの解釈をする可能性があります:
Sam kicked his dog. / 「サムは飼い犬を蹴った」
ふつうは,一度そういうことがあったんだな,と解釈されますね.でも,もうちょっと言葉を加えれば,他に解釈の可能性が潜んでいたのがわかります:
a. 【一度】 Sam kicked his dog (just once). / サムは飼い犬を(一度だけ)蹴った.
b. 【反復】 Sam kicked his dog (several times). / サムは飼い犬を(数回)蹴った.
c. 【習慣】 Sam kicked his dog (for many years). / (?)サムは飼い犬を(長年にわたって)蹴った.
(Langacker 1997: 196)
時間表現を付け足しているので解釈がそれぞれ1つにしぼられていますが,なにもなければ,a-c のどれが意図された意味なのか選択の余地が残ります.
その2:一般化
もうひとつ,「ドローン操縦士の悪夢」から取り上げましょう.
"These moments are like in slow motion," he says today.
これも,英文和訳問題としてはみなさんマルがとれる訳ができる英文だと思いますが,意外と意味がとれないのではないかと思います.
適当に訳せば,こんな感じですね:
訳例 3.「これらの瞬間はスローモーションのようだ」といまの彼は言う.
なんかヘンですね.
こういうときは,文脈から考えて,いったいなにを指しているのか押さえてやればヒントがえられます.
いまでもはっきりと覚えている1件がある.プレデター・ドローンが8の字を描いてアフガニスタン上空1万キロメートル(6,250マイル)以上を旋回していたときのことだ.泥づくりの平らな屋根の家屋があった.その傍らにはヤギをつないでおく小屋があって,それを照準におさめていた,とブライアントは振り返る.発射命令を受けて,彼は左手でボタンを押し,さっきの屋根にレーザーで標識をつけた.続いて,隣に座るパイロットがジョイスティックでトリガーを押し,ドローンにヘルファイア・ミサイルを射出させた.着弾まで残り16秒あった.
このあとに問題のセンテンスがつづいています.直前の話から,these moments はドローンからミサイルを発射して着弾するまでの時間を言っているんだろうと見当がつきます.
でも,直前では泥作りの家を標的にしてミサイルを発射したという一回限りの出来事を話題にしていたはずですよね.だったら,どうして複数形で these moments なんでしょう?
答えは,「この場面にかぎらず,ミサイル発射の瞬間をひとくくりに指しているから」です.
訳例 4.「いつもこの瞬間はスローモーションみたいなんだ」と,いまの彼は語る.
というわけで,昨日の英文から2点,落穂拾いをしてみました.「どうでもいいじゃん」ってくらい,こまけえ話ですよね.
――でも,「こまけえ」というのは,別の言い方をすれば「高精細な」ということでもあります.