クルーグマン「共和党式の経済はいまここにある」(NYT,2012年6月3日)


「道草」不調につき,こちらにあげておきます.

クルーグマン共和党式の経済はいまここにある」

(Paul Krugman, "This Republican Economy," New York Times, June 3, 2012)

【支出削減に減税だって? アメリカじゃとっくにやってるじゃないか.Spending cuts and low taxes? They’re already here.】


経済についてどうすべきだろう? 共和党は,答えを持ち合わせていると言い張る:「支出を削減し,減税するべし」 その共和党には,有権者に気づかないでほしいと願っていることがある.支出削減と減税は,他でもなくこの2年間にずっとやってきた政策だってことだ.ホワイトハウス民主党なんて問題にならない.あらゆる点からみて,これはすでに共和党の夢見る経済政策そのものだ.


このため,事実上,共和党の選挙戦略は巨大な詐欺行為になっている:つまり,彼らの戦略はひとえに有権者にウソを信じさせることにかかっている.その1つは,いまのひどい経済状況は大規模な支出政策の結果だということ.だが,実際にはオバマ大統領はこれを追求してこなかった(その理由の大部分は,共和党がそうさせなかったことにある).もう1つは,ぼくらの窮状を癒すには,すでに失敗した政策をそのままいっそう追求すればいいというウソだ.


だが,どういうわけか,このどちらの詐欺も報道やオバマ氏の政治チームはあまり暴きたててしてこなかった.


「これはすでに共和党の夢見る経済政策そのものだ」とぼくが言うのはどういう意味か? まずは,政府支出の総計をごらんいただきたい――連邦・州・地域の支出の総計だ.人口の伸びとインフレに合わせて調節してみると,こうした支出はこのところ下落している.その下落の速さは,朝鮮戦争の動員解除以後には見られなかった水準にある.


どうしてこんなことが可能なんだろう? オバマ氏ってすんごい支出屋さんじゃなかったっけ? 実は,そんなことないんだ.2009年の終盤と2010年の前半には,刺激策の登場とともにいっときだけ支出の爆発があったけれど,そのブーストが終わってもうずいぶん経つ.そのあとはひたすら下り坂だ.現金がすっからかんになってる州や地域の政府は教員・消防士・警察官をレイオフしてきた.他方で,失業率は極度に高いまんまなのに,失業手当はだんだん小さくなっていった.


なにより,2012年のアメリカを俯瞰してみると,1937年の大失敗に驚くほど酷似している.あの年,ルーズベルトは時期尚早なのに支出を削減して,その時点で非常に急速に回復しつつあったアメリカ経済を大恐慌の第二幕に追い込んでしまった.だが,ルーズベルトの場合は,無理強いされた失策ではなかった.議会もがっしりと民主党が固めていたからだ.オバマ大統領の場合には,政策の舵取りをまちがった責任のすべてではないまでも多くは,下院の共和党多数派が全面的に妨害していることにある.


そうやって妨害している下院多数派の同じ面々が,大統領を脅迫してブッシュの富裕層減税をそのまま継続させた.これにより,GDPにしめる連邦税の割合は,歴史的な低水準にある――なにしろ,ロナルド・レーガンの大統領在任期間の水準よりずっと下回っているというのだから.


すでに言ったように,あらゆる点から見て,これはすでに共和党の経済になっている.


ついでながら,指摘しておいてよさそうなことがある.たしかに経済の実績はよく言っても失望ものではあるけれど共和党が予測していたような惨事は起きていない.覚えてるかな,財政赤字によって,金利は急騰するって断定してる人たちがいたよね.さてさて,アメリカの借り入れコストは,ちょうど記録的な低水準に達したところだ.あと,インフレが起きるぞ,ドルの「失墜」が起きるぞ,と切迫した警告もされていたよね.ところが,インフレ率は相変わらず低いままだし,ドルはブッシュ時代よりも強くなっっている.


こう表現してみようか:共和党は,オバマ大統領が経済を加速させようとしてやりすぎているせいでアメリカがギリシャになりかけていると警告してきたんだよ.ぼくみたいなケインジアンの経済学者たちは,その反対にのことを警告してきた.あまりにもやらなさすぎて,日本になるリスクを冒しているよって.現に起きたのは日本化の方だった.もっとも,日本がついぞ味わったことのない水準の辛酸をなめてるところはちがうけど.


じゃあ,どうして有権者はこのことを知らずにいるんだろう?


答えの一端は,あまりに多くの経済報道が相も変わらず「誰がこう言いました彼がああ言いました」式の伝え方を続けて,対立する両陣営それぞれのお雇い言論人からの引用を両論併記してることにある.でも,一方で,オバマのチームが一貫して共和党の妨害行為にスポットライトをあげるのに失敗してきたのも事実だ.おそらくは,妨害される弱虫に見えるのを恐れてのことなんだろう.スポットライトをあてるかわりに,大統領の助言者たちは,自画自賛にふけってきた.ほんの数ヶ月でもいい経済ニュースがあれば,それを取り上げて「これこそ我々の政策がうまく機能している証拠だ」と言い張ってきた――のはいいけれど,そのあとまた数字が落ち込むと馬鹿ヅラをさらすハメになったりした.とくに目を見張るのは,彼らはこの失敗を立て続けに3回もやってしまったという点だ.2010年,2011年,そしていま再びやっている.


ただ,現時点では,オバマ氏と彼の政治チームにはたいして選択の余地もなさそうだ.彼らは,胸を張って経済上の大きな達成を指摘することもできる.とくに,自動車産業の救済に成功した事実をかかげられる.この救済は,ぼくらがいまどうにか成し遂げているなにがしかの雇用増加に大いに寄与している.でも,彼らには,全体的な経済の成功譚を売り込むことはできない.もちろん,彼らにできる最善の策は,ハリー・トルーマンになることだ.つまり,現実にはいろんな策を阻害して無為無策を強いてきた議会共和党に敵対することだろう.彼らが邪魔した政策(さらなる支出と減税)は,現状よりも2012年の有様をずっとよくしていたはずだ.


結局のところ,それこそ共和党の「ワレに経済救済の秘策あり」という主張に対するいちばんの反論だ.実際には,ぼくらはとっくに共和党の経済政策がいきつく未来を目の当たりにしている――彼らの政策は,うまくいかない.