Cann, Kempson, and Gregolomichelaki (2009) より「出来事タイプ」


割と新しい意味論テキストから,状況アスペクトの箇所をノート程度に抜粋.

要点は,ヴェンドラーの古典的な分類を出来事の局面構造でもっと単純にしてやるところです――が,前提知識なしにこれだけ読んでもしょうがないので,マニアだけお読みいただけばいいと思います.(大昔のエントリと関連してます)

ソース:Cann, Kempson, and Gregolomichelaki, Semantics: An Introduction to Meaning in Language, Cambridge University Press, 2009, pp. 194-6.


Semantics: An Introduction to Meaning in Language (Cambridge Textbooks in Linguistics)

Semantics: An Introduction to Meaning in Language (Cambridge Textbooks in Linguistics)

  • 作者: Ronnie Cann,Ruth Kempson,Eleni Gregoromichelaki
  • 出版社/メーカー: Cambridge University Press
  • 発売日: 2009/05/14
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出来事タイプ


ここで出来事に目を転じよう.すでに見たように,出来事をヴェンドラーは3つの範疇に分類した:


(6.92) 活動/プロセス:run, walk, drive a car, sing;
(6.93) 達成:sing a song, paint a picture, write a book
(6.94) 到達:recognise, find, lose, die


こうしたタイプの相違点を理解するには,出来事述語はある時間構造を参照していると一般的に特徴付けてやるといい.その時間構造には,【準備局面】(preparatory phase),【成就点】(culmination point),【結果状態】(result state) が含まれうる:


※参考:

動詞に結びつく文法的アスペクトは様々に異なる(完結相,非完結相,etc.).それに応じて,この構造のなかで焦点のあたる部分は異なってくる.述語のタイプが異なれば,その結果として,準備局面・成就点・結果状態のどれを含むものとして出来事が描き出されるかが異なってくる.具体例で解説しよう.ここでは,英語の過去時制で典型的な完結相の解釈で,いろんなタイプの述語がとる意味にしぼってみていく.

達成


達成は複合的な出来事で,準備局面I(なんらかの活動),結果状態II,そしてこの結果状態が成立する成就点IIIを含意する.たとえば Mary wrote a letter(メアリーは手紙を書いた)のような文で伝えられる内容には,文章を書くという準備局面があり,これはある時点で成就し,メアリーが書いた手紙が存在するに至る〔結果状態〕:


達成:準備局面と成就点

到達

他方で,典型的に到達にはある状態から別の状態への瞬間的な移行が関わる.たとえば,John recognised the dog(ジョンはそのイヌを認識した)という文を断定すると,ジョンがイヌを認識していない状態からその認識が達成された状態への移行があったことが含意される:


到達:成就点


到達相は,状態の瞬間的変化に加えて準備局面も含まれると解釈されることがある.動詞 die(死ぬ)が伝える内容がそうで,The plant died(その植物は枯れた)のような単純過去の完成(完結相)の解釈では,生きている状態から枯れている(死んでいる)状態にその植物が変化したという情報が提供される.ただ,この状態変化に至る前段階は,こうした状態変化に至るプロセスとしてとらえられうる.たとえば,進行形の The plant is dying(その植物は枯れかけている)で持続相を表す用法が容認されることから,そのことがわかる.こうした用法では,通常,到達相の述語は達成相述語のようにふるまう.つまり,こうした用法では,進行形と両立するように,準備局面の存在が仮定されねばならないのだ.ただ,典型的ではあっても,こうした解釈には主語の動作主性が関わらない(典型的な達成相とここがちがう).到達動詞のすべてが準備局面と両立する解釈をかんたんにとれるわけではない.たしかに,The train to London is arriving at platform 19(まもなく19番線にロンドン行電車が到着します〔電車が到着しつつある〕)はおかしくないけれども,John is recognising the dog(ジョンはそのイヌを認識しつつある)はおかしく,文脈の条件を豊富に補わないと容認されない(たとえば,ジョンはアルツハイマー病にかかっていて,いつでも自分の飼い犬を認識するわけではない,といった条件).

活動


最後に,活動(またはプロセス)は達成や到達とちがって,構造は複合的でない.John sang(ジョンは歌った)のような単純過去の文はたんにジョンが歌うというプロセスが起きたことだけを表し,それを構成する部分には焦点を当てない:


活動:構造なし


活動はこれといった内部構造がないことを典型的に表す点で状態と似ている.ただ,状態とちがって,活動は「原子的な部分」(atomic parts) から成り立っていると考えられる.これは可算名詞の表示と同様だ.原子的な部分は,活動を構成する他の部分から区別する必要がある.なぜなら,こうした出来事には,その活動の特徴をもっているとは考えられない下位部分があるからだ.たとえば,歩くという出来事には,歩くという出来事と考えうる下位部分がある.しかし,その下位部分を細切れ(スナップショット)にした下位部分は,歩行ではありえない.たとえば脚を地面から持ち上げる動作単独は,歩行にならないからだ.したがって,歩行のような活動は原子的な歩行の出来事の集合だと分析できる.


まとめよう.達成や到達といった出来事は複合的な出来事だと特徴付けると,いろいろある出来事類の種別をたった2つに還元できる:状態と活動/プロセスの2つだ.こうすると,達成は結果状態に至るプロセス(またはプロセスの集合)だと特徴づけられるのに対し,到達は2つの状態間の移行または活動プラス2つの状態間の移行だと特徴づけられる.達成と到達をこのように複合的な出来事だと分析することにすべての言語学者がどうしているわけではないが,このあと見るように,こうした出来事の構造の見方をとると,文法アスペクトに関わる出来事のふるまいをかなり簡素に説明できるようになる.文法アスペクトはまた後でとりあげよう.


出来事の局面構造は下記の論文が原点のはず:

Moens and Steedman, "Temporal ontology in natural language," in Javier Gutiérrez-Rexach (ed.), Semantics: Critical Concepts in Linguistics, vol. IV The Semantics of Predicates and Inflection, Routledge, 2003, p.296