Leech 2004 より:反事実的な d've 形式について


ジェフリー・リーチ『意味と英語動詞』(第3版)より,仮定的意味を表すのに had have の縮約 d've /dəv/ が使われるようになりつつある,というセクションを訳して紹介します:


Meaning and the English Verb

Meaning and the English Verb

§179


過去形の仮定的意味と法助動詞の用法は英語でいちばん難しい領域のひとつだ.非母語話者だけでなく,母語話者にとってもここは難しい.理由のひとつには,英語では用法が混乱していて安定しないところがあることが挙げられるかもしれない.とりわけ,「仮定的過去指示」の領域で混乱と不安定がいちじるしい.すでに見ておいたように,従属節の過去完了で表される仮定的過去時は「反事実」の意味と結び付きが深い.同じく「反事実的」なものとして,主節における二次的法助動詞+完了もある:これは shouldn't (§146), needn't (§147b), might (§183b) + 完了形でみておいた.(もちろん,否定形の shouldn't have で偽だと想定されるのは否定言明であり,肯定言明は真だと想定される:You shouldn't have stolen it*1You stole it*2 を含意する.) 二次的法助動詞に続く完了形が過去指示ではなく純粋に「反事実」の意味と結びつく傾向は強まってきているらしい.この点を鑑みると,話者がときに次のような文を産出する理由がうかがい知れる:

I would have enjoyed meeting you and Maria next Thursday, but I'm afraid I'll be away.
(今度の木曜に君とマリアと会えていたら嬉しかったんだけど,どうも出かけることになりそうなんだ)


この例では,「君とマリア」に会う出来事は過去ではなく未来に置かれている.そのため,ここでは「反事実」の意味にしかとりようがない:完了形の過去の意味は失われているのだ.


口語英語で混乱している領域は他にもある.それは次例のような仮定的意味の「二重標示」*3だ:

If they'd have arrived yesterday, they'd have seen the place at its best.
(昨日到着していたら,彼らは最良の場所を観ていただろうに)


ここでいう「二重標識」とは,if節で同じ意味が2つの形式で合図されていることを言う.予期される構文は If they'd arrived で,これは縮約しなければ If they had arrived となる(過去形は仮定を,完了形は過去を示す).しかし,この例では従属節が主節と呼応して 'd + have + 過去完了形を含んでいる.従属節の縮約された助動詞 'dwould だと再解釈されているとみることができそうだ.従属節でときとして(ますます?)「純粋な」仮定的意味の would が使われるようになっていることがその根拠となる.なお,この構文は一般的に「英語らしくない」とみなされている.

?* I'd feel happier if somebody would have said something.
(誰かが何か言ってくれたらもっとうれしいところだけどなぁ)


しかし,'dwould に再解釈されているという考えは間違いだと考えられる.否定形の hadn't have が if節に生起できるのだ:

If they hadn't have arrived yesterday, they would have missed the gala performance.
(昨日到着していなかったら,彼らは祝祭のパフォーマンスを見逃していたところだ)


実際の用法では,have と書かれる形式はかならず縮約形で生起する('ve, 発音は /əv/).よって,「反事実」を表す新たな形態素 /dəv/ + 過去分詞が口語英語に仲間入りを果たしつつあるものと考えられる.いずれにせよ,口語英語における過去形の仮定用法は意味論的にも統語論的にも不安定な状態にあるらしい.おそらくは,変化が起こりつつあるのだろう.


ここで取り上げられている had have = d've 形式については,昨日訳したフィルモアのセクション 1 も合わせて参照してください.

*1:「君はあれを盗むべきじゃなかった」

*2:「君はあれを盗んだ」

*3:"double marking"