事例のメモ:いまも成り立っている状態について過去時制を使うケース


状態述語+過去時制でありながら,「もはやそうではない」という no longer 推意がないケースは,探すとそれなりにみつかります.こういう場合,現在でもその状態は成り立っているのに過去時制を選択することにはなんらかの動機があるわけですが,ひとつには,過去時制によって過去の視点または参照点をとるということがあります.

例1


Yes, Ma'am... I guess it was kind of a messy paper… / I've tried, but I can't be neat like Marcie here…
(はい,先生‥このレポート確かに汚かったんです… / 努力したんですが,このマーシーみたいにきちんと出来ないんです‥)
(A Peanuts Book featuring Snoopy, vol. 1, p. 114.)



じっさいのコマをみると,ペパーミント・パティがレポートを手に持っているのがわかります.したがって現在時制を使っておかしくはありません.ここで過去時制を使うことは,「先生」がレポートを見てこれは messy だと思った時点を参照点にとることを合図すると考えられます.

例2




Ch: Pretty neat, huh? It's a book of romantic poetry I bought for a girl in my class...
S: It didn't have a dog on the cover...
(いかしてるだろ? / 同じクラスの女の子に買ったロマン派の詩の本だよ‥)
(表紙に犬の絵がないね‥)
(A Peanuts Book featuring Snoopy, vol. 16, p. 148.)



ここでも,表紙に犬の絵がないのは現在でも成り立っている状態です.過去時制を使うことで,じっさいに絵を見せられた時点を参照点にとることが合図されます.


追記:ここから下の打ち消した文章は,過去形の「丁寧」用法を含めて論じたエントリの一部にするつもりで書いたものです.公開しているこのエントリはそれを除いて短くしたものなのですが,消し忘れていました:

 前にも書いたように,このような用法を可能にしているのは,部分期間特性と加法特性に代表される非完結アスペクトの特質だと考えられます.たんに過去時制形式が「遠隔形」である(「時間」や「認識」など領域が異なれば「遠隔」が異なる意味をもつ)というだけでは,こうした用法が非完結アスペクトと結びついていることが説明されません.