理由を表していない「Pから Q」


トリコロ1巻から:

八重: なんか変だなぁ…
幸江: いいから そうだちょっとお買い物に行ってきてくれない?
八重: ?
八重: なに買ってくればいいの?
幸江: デザインとかは任せるから
幸江: スリッパを2つ買ってきて頂戴な
八重: スリッパをふたつ!? なんで??
幸江: あ 任せたっていってもあまりセクシーなのは駄目よ?
八重: どんなのよっ!!


このなかの,次の箇所に注目します:

デザインとかは任せるから スリッパを2つ買ってきて頂戴な


この例は形式をみると「PからQ」という理由文になっていますが,「デザインとかは任せるから」は主節が表す依頼の理由とは考えにくいように思います.

 たとえば,これを次の例と対比してみましょう:

数が足りないから スリッパを2つ買ってきて頂戴な


こちらであれば,スリッパを買ってくるよう聞き手に依頼する理由をカラ節が示しているのはハッキリしています.

 このような印象をもう少しクッキリしたかたちで考えるにはどうすればいいでしょうか?

 ひとつの案として,理由文の背後にある反実仮想条件をみる,という手があります.

 明瞭に因果関係を表す理由文「PカラQ」では,その背後に「PでなかったらQでない」という含意が存在します.たとえば,

「雨が降っていたから洗濯物が乾かなかった」


という理由文の背後には,

「雨が降っていなかったら 洗濯物は乾いていた(だろう)」(他の条件が同じなら)


という事実に反した仮想の条件がともなっています.

 さて,ではさきほどの2つの例はどうでしょうか.

 まず,後者からみると,こちらは反実仮想の含意が明白です:

「数が足りないから スリッパを2つ買ってきて頂戴な」
→誘導推論:数が足りていたら スリッパを2つ買ってくるよう依頼はしない.*1


 他方,冒頭の例ではこうした反実仮想が特定できません:

「デザインとかは任せるから スリッパを2つ買ってきて頂戴な」
→#誘導推論:デザインとかを任せないなら スリッパを2つ買ってくるよう依頼はしない.


どうやら,私たちが考えるシンプルな因果関係のかたちにはすっぽり収まってくれないようです.

 では,こうした例でカラ節が貢献しているのはどのようなことなのでしょうか?

 考えがまとまっているわけでもないのですが,たとえば,こんな風に調べてみるのはどうでしょうか.

 いま,共同生活している2人がいて,いつも500円するコーヒー豆を買っているとしましょう.ひとりがコーヒーが切れているのに気付いて,相手に買ってきてもらおうと思い立ったとします.このとき,次の発話は適切でしょうか?

  1. (1000円札を出して)「お釣りはあげるから,コーヒー豆を買ってきて」
  2. (500円玉を出して)「500円あげるから,コーヒー豆を買ってきて」
  3. (400円を出して)「400円あげるから,コーヒー豆を買ってきて」
  4. (300円を出して)「300円あげるから,コーヒー豆を買ってきて」
  5. (200円を出して)「200円あげるから,コーヒー豆を買ってきて」
  6. (100円を出して)「100円あげるから,コーヒー豆を買ってきて」
  7. (お金をださずに)「1円も出さないから,コーヒー豆を買ってきて」


おそらく,上から2つはまったく自然に言えると感じられる一方で,中間のどこかで「カラ」を使うのがためらわれるようになり,一番下はまったく不自然と判断されるのではないでしょうか.

 上に示した例も,明瞭な反実仮想の含意を特定しがたい点で冒頭の例と似ています:つまり,はっきりした因果関係を表すものではありません.上記の例で私たちが感じる適切/不適切の相違が示唆するのは,このような例では依頼される内容が聞き手にとって好条件であるほど「カラ」の使用が適切になるらしい,ということです.

 重要なのは,こうした例において,カラ節が示しているのは依頼の行為をする不可欠の理由ではない,という点です.理由文「PからQ」で誘導推論の反実仮想が特定されるのは,P が主節 Q にとって不可欠の条件をなしているためです.しかし,とくに不可欠というわけではなくたんに Q を補強するような条件(「お釣りはあげるから」)については,反実仮想が特定できなくて当然でしょう.

 さらに,同様の談話状況で,今度は譲歩の「〜しか出せないけど」で例文を作ってみましょう.

  1. (1000円札を出して)「お釣りはあげるけど,コーヒー豆を買ってきて」
  2. (500円を出して)「500円しか出せないけど,コーヒー豆を買ってきて」
  3. (400円を出して)「400円しか出せないけど,コーヒー豆を買ってきて」
  4. (300円を出して)「300円しか出せないけど,コーヒー豆を買ってきて」
  5. (200円を出して)「200円しか出せないけど,コーヒー豆を買ってきて」
  6. (100円を出して)「100円しか出せないけど,コーヒー豆を買ってきて」
  7. (お金をださずに)「1円も出さないけど,コーヒー豆を買ってきて」


さきほどと逆に,こちらでは一番下の例文は適切で,中間のどこかで「ケド」で譲歩するのがためらわれるようになり,一番上では完全に不自然に感じられるのではないでしょう*2.ここから,譲歩の「ケド」は依頼される内容が聞き手にとって悪条件であるほど自然に感じられるらしいと考えられます.

 ここで冒頭の例にもどると,「デザインとかは任せるから」は,聞き手にとって好条件になるか,少なくとも悪条件ではないと話し手にみなされているのだと考えることができそうです.次の2つはその点で話し手のスタンスが異なります:

「デザインとかは任せるから スリッパを2つ買ってきて頂戴な」

「デザインとかは任せるけど スリッパを2つ買ってきて頂戴な」

*1:カラ節は話し手が依頼行為をする理由を表しています.そのため,反実仮想は「スリッパを買わないで頂戴な」にはならず,「〜して頂戴な」という依頼をしない,というものになります.

*2:「いや,一番下はおかしいだろ」と感じる方もおられるかと思いますが,その「おかしい」は言語表現のおかしさではなく,1円も出さないのに買い物を頼む行為のおかしさを指しているではないでしょうか.