「自給」には懐疑的です


id:hituzinosanpoさんの書かれた下記エントリに,ブックマークおよび先方のコメント欄で懐疑的・批判的なコメントをしました:


 食料危機という大きなテーマですから,上記のエントリには当然ながら複数の論点が含まれています.ここでは,主眼のひとつだけに絞って言及することにします.

 hituzinosanpoさんのご主張の主眼のひとつは「主食は自給が原則」というものです.これは少なくとも3箇所で繰り返し強調しておられます.

その地域での主食は、その地域で つくるのが重要なことです*1

「主食は自給」が原則だということです。*2

くりかえします。「主食は自給」が原則だということです。 そしてそれは、家畜の飼料は その地域の主食を 原料とするのが基本だということです。*3


ここではとくに日本の場合がとりあげられています*4.その議論は次のようなものです.

  1. 1993年に冷夏による米不足が生じたとき,日本はタイ米を大量に輸入した.
  2. しかし,輸入されたタイ米は消費者に歓迎されず,大量の廃棄が生じた(問題1).
  3. また,その緊急輸入はタイ米の価格上昇をまねき,「コメを輸入に頼ってきた貧しい国々が買い負け、セネガルなどは深刻な飢餓に直面した」*5(問題2)*6
  4. こうした問題は,食用および飼料用の米が自給されていれば回避できたであろう.
  5. なぜならば,食用米が不足したときには飼料用の米を食べればいいからだ.
  6. また,飼料米が増えれば日本の家畜飼料の自給率を上げることになる.
  7. 以上から,主食である米(食用および飼料用ともに含む)を自給すべきである.


率直に申し上げて,事実認識と推論の両方に難点があるように思います.

 ぼくのコメントは次の2つです:

タイ米のエピソードは良心に訴えますが,あれって例年の日本の米自給率が低くておきたことですか? 輸入コーヒーを買わないって,それ海外のコーヒー生産者の収入を減らすってことじゃないですか?|つスティグリッツ*7

 はじめまして.
 ブックマークのコメントにいただいたリプライにしぼって,ぼくの考えを記します.
 「飼料を コメで まかなっていれば、その飼料米を 緊急避難として 人間が たべることができた」という部分がhituzinosanpoさんのご主張(“主食の米は国内生産で自給すべき”)を支える根拠のひとつだと理解していますが,3点で疑問に思います.
 第一に,そもそも飼料米は食用にできるのでしょうか.たとえば飼料用トウモロコシはスイートコーンの代替にはなりませんよね.それと同様に,飼料米が食用にできなかったり“がまんすれば食べられる”ようなものであったら,ご主張の根拠にはなりません.
 第二に,仮に飼料米が食用にできるとしても,だからといって飼料米が食用米のまともな代替になるとは言えません.私たちがふだん食べている食用米が不足し価格が急騰したとして,そのとき私たち消費者は麺類やパン食,そして輸入米など,多様な食品から日々の食品を選ぶことになります.飼料米がそれらと同等の魅力をもたなければ,“国産食用米がなければ飼料米を食べればいい”とはならないでしょう(もともと食用だったタイ米すら日本の消費者は敬遠したことを想起してください).
 この点は重要です.食用米の不作時にどれほど飼料米があろうと,消費者がそちらを選択しなければ,輸入品を含む他の食品の需要は増え価格が上昇します.輸入品の価格上昇は,タイ米のケースと同様に購買力のない人々の生活を脅かすことでしょう.よって,もとの問題は解決されません.
 第三に,仮に食用にできるとして,国産食用米が不作になったとき食用に回せる飼料米が豊富にあるだろうという前提は楽観的にすぎます.1993年の不作は冷夏が主な原因でしたね.程度の差はあれども,食用米を不作にする条件は同時に飼料米を不作にする条件でもあると考えるべきです.
 以上の理由から,“食用米の不作時には飼料米を食べればよい”というシナリオは疑わしいとぼくは考えます.
 よろしければ,こうした観点もご参考にしてください.*8


 hituzinosanpoさんが加害性や不公正を懸念されるお気持ちは分かります.しかし,問題を考えるための土台がきわめてあやういものになっているように思えてなりません.また,おそらく知らず知らずのうちでしょうけども,参照されている文献が偏っていませんか.

 たとえば,主食に限らず食糧を自給するということは裏返すと輸入しない──消費者にとって国内産より安価で望ましいものであったとしても輸入しない──ということですが,そうした輸入制限は輸入国・輸出国の双方にとって望ましいことでしょうか.大半の経済学者はおそらく「NO」ということでしょう.自由貿易に関する基本的な議論を参照する必要があります.しかし,それは自由貿易で万事が解決するということではなく,また,現実の貿易が教科書どおりになっているということでもありません.ブックマークのコメントでも名前を挙げたジョゼフ・スティグリッツの議論がその点で有益だと思いますが,『フェアトレード』はとっつきにくいかもしれません.(じっさい,ぼくなんかは理解するのに一苦労です^^;)

 とりあえずフェアトレード関連でオンラインで参考になりそうなものを探してますが…何かおすすめの文献やページがありましたらご教示いただきたいです > 経済系ブロガーの方々

*1:http://d.hatena.ne.jp/hituzinosanpo/20090119/1232383038

*2:http://b.hatena.ne.jp/entry/http://d.hatena.ne.jp/hituzinosanpo/20090119/1232383038

*3:http://d.hatena.ne.jp/hituzinosanpo/20090121/1232517743

*4:ただし,日本の主食自給率だけがあがればよいと考えておられるわけではありません:「日本の自給率だけを あげるべきだとは かいていないはずです。穀物自給率の ひくさを 言及したのには理由があります。それを これから かいていきますので、おまちください。」(「食糧危機はなぜおきるか」のコメント欄より)

*5:佐久間智子「食糧自給と自由貿易」『オルタ』2008年 7・8号, p.18 からの引用をさらに孫引きした.

*6:食糧自給を支持する議論では「食糧安保」的な被害への視点はよくみられますが,こうした加害への視点もあるのですね.

*7:http://b.hatena.ne.jp/entry/http://d.hatena.ne.jp/hituzinosanpo/20090119/1232383038

*8:飼料米の可能性」コメント欄