殺したのにぴんぴんしているでござる,の巻


 えーと,タイトルでねたばれしておりますが.


 ふつーに読んでいるとまったくおかしくないのに,あらためて考えるとおかしい(ようにみえてしまう)例をひとつあげてみます:

“Kill an active, plump chicken. Prepare it for the oven…”*1
(丸々と太ったイキのいいニワトリをシメる.そいつをオーブンにいれる下拵えをする.)


和訳もつけていますが,英文をじーっと読んでください.

 この英文の「意味」がわかりましたら,ここから下へ読み進めてください.


 よろしいでしょうか?


 さて,よく英文解釈の指導や国語の読解指導で,「代名詞に先行詞を代入してみなさい」ということがありますね.

 では,上記の例文でそれをやってみましょう.

 2つめのセンテンスに代名詞の it があります.

 これの先行詞を探してみますと──an active, plump chickenがみつかります.

 代入してみましょう.

 すると,次の英文ができあがります:

Kill an active, plump chicken. Prepare an active, plump chicken for the oven…


というわけで,殺したニワトリがぴんぴんしているという不条理な状況があらわれました.(あと,冠詞が不定冠詞 an のままなのも文法的にはおかしいですね)

 でも,最初にお読みいただいたときには,こうした解釈は頭にでてこなかったはずです.2つめのセンテンスがいわんとしているのは“シメたニワトリを下拵えしなさい”ということだと自然に理解されたことと思います.

 ところが,意識的に代入のやり方で意味をとろうとすると,なんだかおかしなことになってしまいました.

 以上から2つのことが示唆されます.

 ひとつは,たった2センテンスからなる談話でも,わたしたちは名詞句があらわす対象を動的にアップデートしながら読んだり聞いたりしているということ.だからこそ,2つめのセンテンスに進んだときには an active, plump chicken に表象された対象はすでに息絶えたあわれなニワトリに変化しており,it はそれを指しているのだと自然と理解されるわけです.

 もうひとつは,「代入による読み取り」は私たちが現にやっている代名詞理解そのものを記述しているのではなくて,べんりな技術のひとつだということ.とくに第二言語である英文を読み進めるとき,代名詞が指す対象を代入で確認しながら理解するのは多くの場合に有効な方法ではありますが,それはあくまで補助線にすぎないのであって,通常の談話理解の仕組みとは別物です.

*1:Brown & Yule, Discourse Analysis, Cambridge University Press, p. 202