英語表現のメモ:"A is orthogonal to B"=「A と B は別問題だ」


タイトルのとおり,A is orthogonal to B は「A と B は別問題だ」と訳してあげるといいケースがあります.

例文と解説


 orthogonal はもともと数学の用語で,英和辞典を引くと「[to X に]直角の直交する」または「矩形の」といった訳語が掲載されています.それほど使用頻度の高い語ではないためか,たとえば研究社新英和大辞典(第6版)ではこの3つだけを記載しています(が,他の辞書ではそうでもないかもしれません).

 しかし,数学と関係のない意味でも orthogonal が使われることもあり,このときは「[to X とは]独立の次元を異にする」といった意味になります:

Thus the choice of Topic and Focus is orthogonal to the relations among the characters referred to in the sentence.
(このように,話題と焦点の選択は,文で言及されるキャラクターどうしの関係とは次元を異にする.)
(Culicover & Jackendoff, Simpler Syntax, p.156)


 上記の引用文が言わんとしていること自体はとてもかんたんです.たとえば下のような文をみてみましょう:

a. The bear chased the lion.
b. The bear chased the lion.


例 (a-b) は追うもの (the bear) と追われるもの (the lion) の関係は同じで,焦点(太字)の位置だけがちがっています.つまり,キャラクターの関係は同じままで焦点を変えることができるわけです(逆もまたしかり).このように,2つの問題はたがいに独立のことがらです.

 では,なぜこのことを orthogonal と言い表すのでしょうか.

 中学校の代数幾何を思い浮かべていただくと,タテ軸とヨコ軸は直角に交わります.これはいちばん基本的な orthogonal の関係と言えるでしょう.タテとヨコはべつべつの次元で,たとえばタテの位置はそのままにヨコの位置だけを変えることができます.

 こういう場合,「直交する」ということは「次元がちがう」ということでもあります.

 ここから「直角に交わる」という意味をとりさって「次元がちがう」という意味だけを残すと,上記のような用法がでてきます.つまり,(A)キャラクターの関係と (B)話題-焦点の選択はたがいに異なる次元 (dimension) ですから,これを orthogonal と表現するわけです.

 次元が2つあると著者たちが考えている傍証として,この引用文のあとには「話題と焦点の選択」と「キャラクターどうしの関係」の2つを指して "this multidimensionality"(この多次元性)という表現がでてきます.また,「独立している」という意味があることの傍証として,同じパラグラフで "the independence of propositional and informational structure" (命題構造と情報構造の独立性)という表現がみられます.

 ただ,日本語への訳し方を考えると,少し面倒なことがあります:日本語で「A は B と次元がちがう」というと,しばしば「B よりも A の方が高等だ,すぐれている」といった受け取り方をされてしまうのです.そうした誤解をまねきそうなときには,「A と B は異なる次元に属する」と訳したり,あるいは「次元」という言葉をさけて「別問題だ」・「たがいに独立している」といった表現が使えないか試してみるとよさそうです.


 例によってぼくが無知なだけで以上のことは常識なのかもしれませんが,ぼくと同じように「うーん」と考え込んでしまったひとに検索経由で参考になればさいわいです.

2009-02-12追記:こんな例文もあります:

To use the technical term, general intelligence and practical intelligence are "orthogonal": the presence of one doesn't imply the presence of the other.
(Malcolm Gladwell, Outliers, p. 101)

おまけ


鶴見俊輔『期待と回想』より:

ヨーロッパ全体に長いあいだ通用してきたラテン語を根幹とする一種の沈められた基底言語があるでしょう.「次元」という日本語ではよくわからないけど,「ダイメンション」といえば,その元になった「ディメイン」(はかる)という語のイメージと対になっている.日本語だとそこが捨象されてしまって,元のものと対にならないんです.
朝日文庫, p.175)

用例を1つ追加 (2009-03-24)

It seems, then, that actuality/non-actuality represents a distinction orthogonal to reality/non-reality.
(R. Langacker "Generics and habituals," in A. Athanasiadou and R. Dirven (eds.) On Conditionals Again, John Benjamins, 1997, p.204)