英語の進行形と日本語の「〜している」はどうちがうのでしょうか
コメント欄での id:killhiguchiさん(いじめっこ)の書き込みにお返事します:
日本語のシテイルは進行と結果状態に大きく分かれると言われますが、進行のほうで見てみると、到達相を表わさないという点で、-ingと異なるということでしょうか。そうすると、シテイルの「進行」も単にそう呼ぶだけでは不十分ということになりそうですね。
-ingが金水先生の言う「強進行」を表わすのかどうかも気になるところです。英語では”This box is breaking now.”などと言えるのでしょうか。
ぼくは日本語アスペクトの研究をさっぱり知らない*1のでなんとも答えようがないのですが,ちょっと英語と比較してみるとそれなりにわかってくることもあります.
結論から言うと,killhiguchiさんのコメントで正解なのではないか,と思います.(でも,断定はできません.)
英語の場合,いわゆる進行形の文があらわす意味は動詞の意味によって異なりますが,そこにはいくらかの規則性があります.
いま出先なのですが,手元にあったリーチせんせいの Meaning and the English Verb (3rd edition) を参考にみてみます.
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まず,出来事をあらわす動詞の進行形には次の2パターンがあります (p.24):
A. 瞬間動詞*2 (hiccough, hit, jump, kick, knock, nod, tap, wink, etc.) +進行形→出来事の反復
- (a1) "He nodded"(彼はうなづいた) vs. "He was nodding"(彼はうなづいていた)
- (a2) "He jumped up and down"(彼はジャンプした) vs. "He was jumping up and down"(彼はジャンプしていた)
- (a3) "Someone fired a gun at me"(誰かが僕を狙って発砲した) vs. "Someone was firing a gun at me"(誰かが僕を狙って発砲していた)
B. 移行の出来事動詞*3 (arrive, die, fall, land, leave, lose, stop, etc.) +進行形→「〜しつつある」:出来事の先行局面
- (b1) "The bus stopped"(バスが停まった) vs. "The bus was stopping"(バスが停まろうとしていた)
- (b2) David Campbell was arriving when the bomb exploded. (爆弾が爆発したとき,デイヴィッド・キャンベルはまさに到着しようというところだった)
- (b3) Suddenly a helicopter was landing on the beach. (突然,ヘリがビーチに着陸しようとしていた)
- (b4) Mother was dying in hospital. (母が病院でまさに死のうとしていた)
この「移行の出来事動詞」はヴェンドラーのいう到達相 (achievement) に同じだという点に注意してください.
次に,典型的に進行形と共起する動詞として,活動動詞と過程動詞があげられています (pp.24-5):
C. 活動動詞*4 (drink, eat, play, rain, read, run, talk, watch, work, write, etc.) +進行形→「〜している」:継続中
- (c1) 'What are you doing? 'I'm writing a letter.' (「なにやってんの?」「手紙を書いてるんだよ」
- (c2) They're eating their dinner. (彼らは夕食を食べていた/食べている)
- (c3) It's still raining. (まだ雨が降っていた/降っている)
D. 過程動詞*5 (change, develop, grow, increase, learn, mature, slow down, wide, etc.) +進行形→変化の継続
- (d1) The weather is changing for the better. (天気がよくなってきている)
- (d2) They're widening the road. (彼らは道路を広げている)
- (d3) Its getting late. (だんだん遅くなってきている)
リーチはさらに進行形とうまく調和しない動詞や意味が単純形とほとんど変わらない動詞などのクラスを E から J まであげていますが,ここでの簡略な議論には不要なので省略します.
さて,以上の4つのクラスを日本語に対応させてみますと,(動詞の意味がほぼ同義であるという仮定のもとで)「テイル」形式にそのまま訳せるのは A と C です.残る B と D はちがう訳し方を工夫しないと意味が通じません.ただし,D は場合によって「テイル」にしてもいいように思えることがあるようです.
こうしてみると,移行出来事動詞(到達相)と組み合わせたとき,日本語の「テイル」形式はあきらかに意味が英語のそれと異なるのだとわかります.英語の場合には先行局面があらわされるのに対し,日本語の「テイル」では出来事の結果状態があらわされるようです:
- 「バスが停まった」 vs. 「バスが停まっていた」
- 「キャンベルさんが到着した」 vs. 「キャンベルさんが到着していた」
- 「ヘリがビーチに着陸した」 vs. 「ヘリがビーチに着陸していた」
- 「ハムスターが死んだ」 vs. 「ハムスターが死んでいた」
つまり,成就の瞬間をはさんで英語進行形は先行局面を,日本語「テイル」形式は結果状態を選択するという鏡あわせのようなパターンを示しているようです:
先行局面(英語進行形) |成就点| 結果状態(「テイル」形式)
こうしたちがいがなにに起因しているのかぼくにはわからないのですが,上記の観察からすると,killhiguchiさんがお書きのように「進行のほうで見てみると、到達相を表わさないという点で、-ingと異なる」と言ってもいいように思います.
日本語学/国語学にお詳しい killhiguchiせんせいのフォローアップ解説に期待しつつ,ひとまず以上でエントリをあげてみます.