おしえてラネカーせんせい:不定詞をどう分析するか


2008-08-02追記:推論が成り立ってない部分がありました.当該部分に打ち消し線を引いています.


to do がよくて *to can がダメな理由」のコメント欄id:killhiguchiさんとお話していた話題のつづきです.

 killhiguchiさんからメールでいただいた査問*1──ご質問にお返事したぼくの文章を以下に転載します.改行や表記は一部改めています.

 to不定詞が本当に無時間的関係かどうか,とのご質問については,いままでよく考えたことがありませんでした.


 お役に立てるかどうかわかりませんが,少し調べてみた範囲でわかったことを記します.


 結論から述べますと,ラネカーの論述からは次の3点がわかります:

  • 不定詞は無時間的関係をあらわすとラネカーは仮定している(これはメールで書いておられたとおりです)
  • 不定詞とto不定詞について,はっきりと区別した論述が見あたらない(「infinitiveの統一的な説明が欠けている」というご指摘のとおりだと思います)
  • しかし,ラネカーが提示している基準を適用すれば,to不定詞は無時間的関係だと考えられるのに対して,裸不定詞はそうと考えにくい


 ラネカーが不定詞について論じている箇所を探しますと,Concept, Image, and Symbol (1990/2002: 82-3) がみつかります.


 ここでラネカーは,不定詞・現在分詞・過去分詞は共通して動詞語幹のプロセス=時間的関係を無時間的関係に転換すると述べています.


 このうち,不定詞は分詞とちがって,これといって動詞の意味になにかを加えず,一括走査 (summary scanning) をする点だけが動詞語幹と異なる,とされます:

Where these morphemes differ is in the additional effect they have on the processual notion that functions as their base. I analyze the infinitival to as having no additional effect whatever: in the first person to leave or Jack wants to leave, the infinitive to leave profiles the same sequence of relational configurations as the verb stem leave, but construes them by means of summary scanning as a single gestalt.
(CIS: 82)


しかし,ラネカーは「不定詞」とだけ書いており,to不定詞と裸不定詞をわけて論じてはいません.


 どこか別の箇所で論じているのかもしれませんが,いまのところ見あたりません.


 ただ,「名詞修飾詞は常に無時間的である」*2 (CIS: 83 (9b)) というラネカーの一般化を敷衍しますと,

  • to不定詞はたしかに名詞修飾詞として機能するのに対して,
  • 不定詞は名詞修飾詞にならない


という事実から,不定詞は無時間的関係ではないとラネカーは考えねばならないはずです.(そうでないとしたら,上記の一般化が反証されているとラネカーは認めねばなりません.)


(※2008-08-02追記:この推論はダメですね.名詞修飾詞は無時間的だと言っているのであって,名詞修飾詞にならないなら無時間的でないというわけではありません.)


 さて,そうしますと,次の (A-B) が問題となります:

  • (A) 不定詞は無時間的関係である
  • (B) 裸不定詞は名詞を修飾できない(→無時間的関係ではない)


この2つを両立させる道があるとすれば,それは

  • (C) いわゆる裸不定詞は(A) でいう「不定詞」に該当しない(動詞語幹に他ならず,「ゼロ要素+動詞語幹」ではない)


という見解をとることでしょう.


 すると,事実に照らしてこの見解が保持しうるかどうかが次の論点として浮上します:たとえば,使役動詞 get, let, have, make がとる不定詞のちがいについてどう考えるのか,など.


 ですが,その検討は別の機会とさせてください.


 なお,上記の話題に関しては,深田智・仲本康一郎『概念化と意味の世界』(研究社,2008年)の「4.1.2.2 不定詞と分詞,時制とアスペクト」が日本語で読めるわかりやすい解説となっています*3.同書 p.227 では Concept, Image, and Symbol (p.82) で "infinitive" とある部分を「to-不定詞」と限定して紹介しています.そう書くだけの理由があるはずですから,やはりぼくがなにかを見落としているのだと思います.


 さて,上記の議論に補足を2点加えておきます.

 まず,名詞修飾が「無時間的」だとすると定形動詞がでてくる関係節はどうなのかと疑問点がでてきます.これについてはラネカーも例外だと認めており,Concept, Image, and Symbol 第3章の脚注17でこう記しています:

Specifically excluded from (9b) are finite-clause relatives. The special status of finite clauses makes this a principled exception (cf. Langacker 1985).


"principled exception" だからOKなんだ,と言いたいみたいです.ほんとうにOKなのか,ぼくにはよくわからないのですが.

 次に,「現在分詞や過去分詞が「無時間的」だとラネカーは言うけれど,be V-ing や have V-en には時間性があるんじゃないか」という疑問がありえますが,彼が無時間的といっているのは現在分詞 V-ing や過去分詞 V-en のことであり,進行不定詞 be V-ing や完了不定詞 have V-en は時間的なプロセスだとされています(FCG2 (pp.198-200) や CIS (3.10) などを参照).

 ラネカーの言い分では,現在分詞の V-ing や過去分詞の V-en は無時間的関係で,これがプロファイル決定子 (profile determinant) である be や have と結びつくと時間的なプロセスになるのだそうです.つまり,

  • do : process


を出発点として,

  • doing : atemporal relation
  • be doing : process
  • to be doing : atemporal relation


あるいは

  • done : atemporal relation
  • have done : process
  • to have done : atemporal relation


というように temporal/atemporal の転換が繰り返されるというわけです.

 ラネカーの議論について,「ここを見落としてるぞ」という部分がありましたらコメント欄でご指摘ください.


抜粋:summary scanning vs. sequential scanning

In summary scanning〔一括走査〕, the various facets of a situation are examined in cumulative fashion, so that progressively a more and more complex conceptualization is built up; once the entire scene has been scanned, all facets of it are simultaneously avaiable and cohere as a single gestalt. With respect to the cognitive events which constitute this experience, we can suppose that, once activated, events that represent a given facet of the scene remain active throughout.
(Concept, Image, and Symbol, p.78)

By contrast, sequential scanning〔連続走査〕 involves the successive transformation of one scene into another. The various phases of an evolving situation are examined serially, in noncumulative fashion; hence the conceptualization is dynamic, in the sense that its contents change from one instant to the next. At the level of cognitive events, we can suppose that events which represent a given scene remain active only momentaneously, and begin to decay as the following scene is initiated.
(Ibid., pp.78-9)


ラネカーによれば,不定詞は「一括走査により動詞語幹のプロセスをひとつのゲシュタルトとしてとらえる」というのですが,どうもよくわかりません.


Concept, Image, and Symbol: The Cognitive Basis of Grammar (COGNITIVE LINGUISTIC RESEARCH)

Concept, Image, and Symbol: The Cognitive Basis of Grammar (COGNITIVE LINGUISTIC RESEARCH)

概念化と意味の世界 認知意味論のアプローチ (講座 認知言語学のフロンティア)

概念化と意味の世界 認知意味論のアプローチ (講座 認知言語学のフロンティア)

*1:killhiguchiさんったらご自分の方がよくご存じのはずなのに,むつかしー宿題ばっかり出すんです.これはあきらかにいじめですよ!w

*2:"A noun modifier is always atemporal"

*3:ただ,p.227 で「定形の動詞」とある箇所は「動詞語幹」とすべきだと思います.