高野文子インタビューから抜粋

『黄色い本』を描いたあとに,どっと疲れが出ましてね.漫画を描くのがいやになってしまったんです.顔がダメなんです.描きたくない.風景なら平気なんです.
 マル描いて目鼻を入れたあたりでげんなりする.自分のものじゃなく,ひとの描いた絵でも,目鼻のあるのがこっちを向いていると,なぜかよくわからないんですが,「うるさいなぁもう」って気分になる.漫画を商売にしていながら顔がダメとは一大事なんでしょうけれど,これがあまり深刻でもない.人と会うのは平気だし,おしゃべりも楽しいんです.
 面白いことが起きたものだと思っていました.そうこうするうち,活字も,「私は」で始まる文章が読めなくなってしまった.テレビドラマも映画もいやです.
鶴見俊輔高野文子幾何学と漫画」『考える人』2008年夏号,pp.209-210)