Chapter 10: HISTORICAL PERSPECTIVES:[10-51]〜[10-53]


続きです.

[10-51]
病原菌理論ともっとも結びつきの強い人名と言えば,フランスの化学者ルイ・パストゥールだ.微生物と病気との関連はたちどころに見てとれるわけではない──特に,(いま我々が知るように)大半の微生物は病気を引き起こさず,また我々にとって有益なものも多いのがその理由だ.パストゥールが微生物の役割を発見するに至ったのは,牛乳やワインを腐らせてしまう原因の研究をとおしてだ.腐敗や発酵は空気中から微生物が牛乳やワインに入り込んで急速に増殖し老廃物を生み出すためであることを彼は証明した.微生物を遮断したり熱で駆除した場合には食べ物が腐らないことを示したのだ.

[10-52]
実践的な治療法をみつけるべく動物の病気の研究に向かったパストゥールは,ここでも微生物が関与していることを示した.この過程で彼は病気を起こす生物──病原菌──の感染によって体内に免疫ができ,それ以後は同じ病原菌による感染が防がれるのを発見した.じっさいに病気にかからずに体内に免疫をつくるワクチンを生み出すことが可能だとわかったのである.パストゥール当人は特定の病気が特定のこれと同定可能な病原菌によって引き起こされると厳密に実証したわけではない.しかしそうした研究は他の化学者たちによってまもなく達成された.

[10-53]
病原菌理論を受け入れた結果,科学と社会の双方に多大な変化が生じた.生物学者は微生物の同定と調査に向かい,数千種にも及ぶバクテリアやウイルスを発見し,生物どうしの相互作用についての理解を深めていった.実用面での帰結としては,人間の医療行為が次第に変わっていった──食べ物と水の安全な取り扱い,牛乳の加熱殺菌,公衆衛生のさまざまな手段の使用,隔離,予防注射,清潔外科手技が行われるようになり,さらには一部の病気は実質的に根絶された.今日では,高性能な画像化の現代的テクノロジーやバイオテクノロジーによって,どのようにして微生物が病気を引き起こし,どのようにして免疫系がこれに対抗するのかを研究するのが可能となっただけでなく,それらの遺伝子操作の方法まで調べられるようになっている.


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