ああ……

菊池さんに対しては、複雑な気持ちがありますね。私が『パラサイト・イヴ』でデビューしたころ、菊池さんは仲間たちとウェブ掲示板の書き込みをしていて、そこで私を嘲笑していました。あの掲示板はミトコンドリアを擬人化している、という批判の代表格だったのではないかな。『パラサイト・イヴ』が映画化されることが決まったときは、「ミトコンドリアはかぶり物でやるのか」と嘲笑し合っていましたね(この発言自体は菊池さんのものではありません)。


だから私は、菊池さんがニセ科学批判における笑いの効用を説いても、容易に信用することはできません。ニセ科学には笑いを浴びせよう、それが最大の批判効果をもたらす、という主張は、ときに怖ろしい凶器となることを知っているからです。相手を見くだすことで、自分を安全な高みに置き、自分を優位に立たせる、そのために嘲笑う。私はデビューして13年の間で、この習慣がSF業界に驚くほど浸透していることを知りました。菊池さんの中にもそういう感覚がいくらか残っていると私は感じます。おおむね彼らが嘲笑する相手は、反論してこない絶対権力でした。だからこそ安心して嘲笑できたわけです。95年当時、私はそういう絶対権力者と見なされていたのかもしれません(実際、平然とそういうことをいってくるSF作家がいましたね)。しかし私は反論したので、彼らは面食らったのだろうと思います。だからニセ科学批判の手段として、相手を笑うということには、私は真っ向から異を唱えたいと思います。あなたがもし、あるとき突然、人から誤解のもとに嘲笑されたらどうしますか? その心の痛手は、本当に大きいものです。だからどんなときでも人を嘲笑してはいけない。笑う人は他人から笑われるということを肝に銘じておいた方がいい。笑いたいなら権力そのものを笑えばいい。


(「信じぬ者は救われる」−瀬名秀明の時空の旅;強調引用者)


信じぬ者は救われる

信じぬ者は救われる