「有標性」に関する3つの観点


 昨日のエントリで言及したように,ライオンズは有標性について3つの観点を区別しています.これについては,Cruse (2004) が教科書的にわかりやすくまとめています:

 有標性 (markedness) の概念はしばしば反対語の対に適用される:対立をなすものの一方が有標な項目 (marked term),もう一方が無標な項目 (unmarked term) とされるわけだ.困ったことに,この用語は言語学者によっていろいろとちがった使い方をされているので,もうすこし詰めておく必要がある.Lyons (1977) では,有標性に関して3つの主要な考え方を区別している.この3つは特定の具体例または具体例のタイプで重なることもあるし重ならないこともある.一つ目は,形態の有標性 (morphological markedness) で,対立する二者の一方がもっている形態的な‘標識 (mark)’を他方はもっていないことをいう.この標識は反対語の場合だとつねにかわらず否定の接辞 (negative prefix) となっている:

  • possible:impossible(可能:不可能)
  • happy:unhappy(しあわせな:ふしあわせな)
  • kind:unkind(親切な:不親切な)
  • true:untrue(誠実な:不誠実な)


 有標性の第二の考え方は,分布の有標性 (distributional markedness) だ:この考え方だと,無標な項目とは文脈のいろんな種類やタイプをまたいでもっともひろく生起するもののことだ.この規準により,long は short に対して無標だと論証できる.なぜなら,short が排除されてしまう種類の表現であっても long は生起するからだ:

  • This one is ten metres long. (これは長さ10メートルだ)
  • What is its length? (その長さはいくらですか?)
  • How long is it? (それはどれくらい長いの?)


 有標性の第三の考え方が,本書との関連ではいちばん興味を引く.ライオンズはこれを意味の有標性 (semantic markedness) と呼んでいる.この考え方によると,無標な項目とは,その通常の対立が中和されて (neutralized) しまう文脈つまり対立が効果をなくす文脈でも使われるもののことだ.そうした文脈では,無標な項目があらわすのは対立する二者に共通の意味となる.例として lion:lioness(ライオン/雄ライオン:雌ライオン)を考えてみよう.The lion and the lioness were lying together(雄ライオンと雌ライオンが一緒に寝そべっていた)だと,項目のあいだに性別の対立がある.ところが,We saw a group of lions in the distance(向こうの方にライオンの一群が見えた)だと性別の対立は中和されていて,群れにはオスとメスの両方がいることもありうる.この考え方は,反対語にも応用できる.たとえば中立的な疑問文の How long is it? では long と short の通常の対立は中和されていて,long があらわしているのは long と short に共通のもの,すなわち長さの尺度となっているのだと記述できる.(対立によっては両方の項目が有標なものもある──これは‘等価的な’反対語として知られている.)


 有標性の概念は,反対関係にある項目にあてはめられることもあるし,その項目の使用にあてはめられることもある.つまり,How long is it? と(韻律の核を long において)言う場合は long という項目の無標な使用にあたり,他方で How long is it? と(韻律の核を How において)言う場合は同じ項目の有標な使用にあたる.この有標な使用では,〔it の〕指示対象が短いというよりは長いことが前提になる.ここで,本書で使われる‘偏らない’という用語はいつでも‘無標な’と訳せるわけではない点に注意しよう.たとえば,比較構文での shorter は,既定の意味での short があてはまることを前提にしないという点で偏りこそないものの,無標ではない.なぜなら,shorter と longer の対立は中和されていないからだ.


(Alan Cruse, Meaning in Language, 2nd edition, Oxford University Press, 2004, pp.168-9)


Meaning in Language: An Introduction to Semantics and Pragmatics (Oxford Textbooks in Linguistics)

Meaning in Language: An Introduction to Semantics and Pragmatics (Oxford Textbooks in Linguistics)