『理系のための口頭発表術』


理系のための口頭発表術―聴衆を魅了する20の原則 (ブルーバックス)

理系のための口頭発表術―聴衆を魅了する20の原則 (ブルーバックス)


評判どおりのすばらしい本です.ページをめくるたびに口頭発表を改善するためのアドバイスが次々に見つかりました.


 学会や研究会などに参加していますと,思わず「これは酷い」と言いたくなるような口頭発表を聞くことがたまにあります.*1 たとえばこんな具合です:

  • 原稿をひたすら読み上げる.(しかも抑揚なく単調に!)
  • その現代版として,パワーポイントのスライドに原稿が全部書かれていて,それをひたすら読み上げる.
  • しかも時間を超過する.
  • いろんな事例が提示されるけれどそこからわかるポイントがみえない:で,それはどんな問いに答えるんですか?
  • スライドにデータや図版が掲載されているけれど,小さくてよくみえなかったり,その意義が説明されないまま先に進んでしまう.
  • 1分おきに言い訳が入る(「ここはまだ不明確ですが」・「昨晩いそいでスライドをつくったもので」・「フランス語の事例なのでうまく発音できませんが」 etc.)
  • エクセレントな英語の発音.ただし超絶早口.あなたは 60-second philosopher ですか.


これはちょっと極端ですが,聴衆としてじっさいに聴いたことのある例です.じぶんでも身に覚えがあります.じぶんが聴衆なら居眠りをはじめてしまうか,こっそり退散してしまいます.じぶんが発表者当人なら──ぞっとしますね.


 本書は,そうした困りものの口頭発表を改善する方法を解説してくれます.

【第1章 いかに準備すべきか】


 「発表は聴衆との対話であって一人芝居ではない」:聴いてくれる人たちがじぶんの発表で何を知ることを期待していて,どういうことを役に立つと考えているのか,そこを意識して発表を構成した方がいい.


 「3分割の原則」:発表内容を (1)導入部−(2)本題−(3)結論で構成する.結論部では,聴衆が「えーと,あの発表はつまり《hogehoge》ってことだったな」と後で思いだしてくれるような「お持ち帰りメッセージ」を用意するといい.じぶんの持ち時間の80%におさまるように考えると時間超過しない.


 「服装に気をつけよう」(脱オタ服じゃなくて).写真付きで解説してあって少しほほえんでしまいます.ピンマイクをつける位置にまで配慮してあって「ほほ〜」とうなづきました.

【第2章 「面白い話」の構造】


 「ズーム・インとズーム・アウト」:「発表は常に,重要な一般原理の説明から始め,それから徐々に,話そうとしている実験モデルへと焦点を絞っていくべきなのである.」


 「物語を語れ」:発表がとりあげる「問い」を明確にし,それを唯一の焦点にして,それを解決するストーリーを展開する.脇道に注意.たとえ同じトピック,同じ研究であっても,焦点は聴いてくれる相手で変わるし,変えないといけない.

【第3章 視覚素材はこう使え(使うな)】


 パワーポイントのスライドの効果的な使い方を悪い例/良い例の対比で解説.派手なアニメーションや効果音を使いたくなる誘惑にかられるときがあるかもしれないけれど,「単純なのがおしゃれ」.

【第4章 「話し方」の技術】


 ほどよく大きな声で,ゆっくりと,相手に目を合わせて話す.


 〈強勢位置〉はたいてい文の最後に来るので,メッセージの要点もそこにもっていく.


 単調にしない方法として,声の大小の切り替え,繰り返し,沈黙は効果的.とくに,発表の途中で間をおくことには抵抗があるかもしれないけれども,メッセージを聴衆にしみこませるための時間をつくることができる.逆に,話の途中で「あー」や「えーと」を挟むのはやめてしまうこと.つなぎ言葉よりも沈黙を.


 聴衆と目を合わす.図版やデータをスライドで映しているときにも,注目して欲しい箇所を一度指したら,聴衆の方へ目を向ける(スクリーンが右手にあれば指し棒も右手にもつようにと写真付きで書いてあって,ここでも微笑みを誘います).


 「情熱こそ武器だ


 以上,簡単にポイントを抜き出してみましたが,本書の魅力はこうした要点を豊富な具体例で説明してくれる点にあります.ぜひ本文にあたってみてください.書名に「理系のための」とありますが,ド文系にも程があるぼくにも有益でした.口頭発表や授業,各種プレゼンに苦心しておられる方におすすめです.訳文の「ノリ」も快調.

*1:「きくこと」を変換すると第一候補に「喜久子と」をあげる ATOKさんがぼくは大好きです.