記述的意味と非記述的意味


さっきのエントリーで考えたことは,おおざっぱに言えば記述的な意味と非記述的な意味の対立と考えていいでしょう.

 アラン・クルーズが書いた意味論の教科書を参考にしたのですが,そこでは記述的な意味を下記のように解説しています:

  1. 文の意味のうち,それがあらわす命題が真か偽かを決めるのは,まさにこの〔記述的な〕側面である.この特性が,「論理的」・「命題的」といったラベルをこのタイプにつける理由となっている.
  2. その表現を使って何を指示できるかを制限するのは,まさに意味のこの側面である.別の観点から言えば,何が指示対象として意図されているのかを聞き手が知る手引きとなるのが,このタイプの意味だ.これが,「指示的」というラベルをつける動機となっている.
  3. このタイプの意味は,話し手と彼が述べていることを分離するという点で客体的 (objective) である.また,アメリカの構造主義言語学者チャールズ・ホケット (Charles Hockett) が導入した用語の定義で,このタイプの意味は転位している (displaced).つまり,目下の発語状況のいま-ここに縛られていない.
  4. 完全に概念化されている.つまり,このタイプの意味は,経験のさまざまな側面を分類する範疇を提供してくれる.そうした範疇化は経験を効率よく「記述」し,その属性についてさらなる推論を認可する.
  5. 文の意味の記述的な側面は,潜在的に否認や疑問を受けうるという点で「さらけ出されて (exposed)」いる.対話者が発する「嘘だ!」とか「それはちがう」といった反応は,言明の意味のうち記述的な部分を的にしている.

Alan Cruse, Meaning in Language, 2nd edition, Oxford UP, 2004, pp.44-45,訳文引用者)


これを裏返したものが非記述的な意味だということになります.


 もう少し,クルーズの解説を読んでみます(前掲書 pp.45-46):

記述的な意味と非記述的な意味の両方をふくむ文で,こうした規準がどう機能するかをみてみよう:

(6) A:What's the matter? (どうしたの?)
B:Sombody's turned the bloody lights off (だれかが電灯を消しやがったんだよ)

まず (i) の点から取り上げると,Bさんの発話で,bloody はその言明の真偽になんにも貢献していない.つまり,Somebody's turned the lights off と Somebody's turned the bloody lights off は,ぴったり同じ文脈の範囲においてそろって真または偽になる.他方で,もちろん,Somebody's turned the lights off(だれかが電灯を消した)が真な文脈では,Somebody's turned the lights on(だれかが電灯をつけた)は偽になる.「つけた」と「消した」は英語では turn on/off であらわされる.したがって,こうした発話で off は記述的な意味の一部となっている.

要点 (ii) と (iv) に関して言うと,「だれかが電灯を消した」の発話が A に情報を与える機能を果たしているのはあきらかだ:この発話は,〈消す〉と〈電灯〉といった範疇によって,ある出来事を記述している. ところが,bloody という語は,まったく記述的な機能をもっていない:これは,〈消す〉という範疇を〔さらに詳しく〕下位分類しているわけではないし,問題の行為を聞き手が同定するのを手助けしているわけでもない.その機能は,まったくもって非記述的だ.こちらのタイプについては,もっとあとで取り上げる.

要点 (iii) に関して言うと,文の記述的な意味はその発語行為からは時間と場所が離れている出来事を指示するのに使用できるというイミで,転位できる:

(7) Somebody will go there and turn the lights off.(だれかがそこにいって電灯を消すよ)
〔発語の「ここ」からはなれた場所である「そこ」や,「いま」とちがう未来の出来事に言及している.〕

しかし,「やがった」のあらわすいらだちの方は転位できない.事実,例 (6) の B の発話において,その記述的な意味は過去の出来事〔=「消した」〕を指示しているのに対して,「やがった」は発話の時点における B のいらだちをあらわしている.

↑NB. ここはラネカーの言う「主体性」との混同を避けるうえで大事なことを述べています:空間直示の there や未来様相の will はラネカーの用語法で「主体的」ですが,記述的な意味をもっています.主体的=非記述的ではありませんね.

最後に,bloody の意味に対しては,それと正反対のことを言い返せない.もし,だれかが B の発話に「嘘だ!」と応じたとしても,それは B がいらだっていないという意味にはならず,電燈は消されなかったんだ,という意味になる.つまり,記述的な意味だけが否認されるわけだ.「bloody というほどのことじゃないよ」などと応じた場合,それで意味されるのは,「いらだちをあらわにするのは見当違いだよ」というようなことがらとなる.こんな応答の仕方はよくいってもふつうじゃないけれど,「“bloody”なんてことばは使うべきじゃなかった」といったメタ言語的な〔=ことばそのものを取りざたする〕意味で使えるだろう.

↑NB. かなり微妙ですが,「ありがとう」に対しては「嘘だ!」と応じることができそうな気もします.(否定 (negation) と否認 (denial) とを区別した方がよさそう.)